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麦わら帽子 ~第二話 祐美の思春期~ | main | 翼と千夏(第二稿)
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麦わら帽子 ~第一話 恋の双曲線~
麦わら帽子

        作/POPSTAR イラスト/黒咲さん


 古本屋で買った文庫を開きながら、私は妻・麻子(あさこ)とよく見た沿線の風景に目をやった。数え切れないほどこの沿線を二人で行き来したことを思う。

 二十代後半、私は当時高校生の麻子と出会い恋をした。それまでに恋愛は幾つかあった。その中でも度々ぐれていた彼女には世話がやけたが、それくらい愛を求めている麻子にはまっていった。
 初めはどう接したらいいのか分からなかった。彼女も年上の私に遠慮しているかのように思えたからだ。歳の離れた兄妹のように接していたのも束の間、麻子が成長するに連れ台頭な関係になっていった。麻子は西の漁港町に住んでいて、そこは特急でも一時間は掛かる場所だ。私はよく彼女を鈍行で、途中駅まで送って行ったもんだった。

 鉄道車両も新型になり、モーターの唸る音は今ではしないくらい静かな車内である。クーラーが効き冷気が身体を包み込んでいた。
「お父さん、大丈夫?」
 そう訊かれ、私は裕美(ひろみ)といる現実という時間に引き戻された。裕美は十六歳になる私の愛娘だ。咄嗟に私は、
「何でもない」
 と否定したもの、物思いに耽って見えるのだろう。
 二人でお母さんの故郷に行こうと行っていたのに、私は途中駅で裕美の手を引くと、北西へ伸びる路線へと乗り換えた。向かい合って座る座席で有無を言わず、裕美は澄んだ目で私を見つめ続けた。そんな娘に私は言った。
「お前、あの頃のお母さんにそっくりだ」
「私のお母さんに?逢ってみたかった・・・」
 裕美の口からこぼれたセリフがずっと頭に残ったまま、私は高原のある駅で降りた。
 ホームに降りた時、子供の様な麻子が一瞬目の前に見えた。
「ここで写真撮って!」
 と言う麻子を思い出した。それは彼女がまだ十代の頃であった。
 私には過去を忘れられずにいる苛立ちを消したいが為、娘と思い出を共有しようなんていう甘い考えがあった。それは現実逃避に過ぎないのかも知れない。
 裕美は見覚えのある麦藁帽子をバッグから取り出すと被ってみせた。それは麻子にプレゼントしたもので、箪笥の奥にしまってあった。思わず私は裕美に言った。
「なぁ裕美。この看板の横に立ってくれないか?」
 私はショルダーバッグのポケットからコンパクトカメラを取り出すと電源を入れた。
「写真撮るの?・・・わかった」
 裕美は笑顔を作ると、駅名の入った看板の横に立った。写真を撮り終え裕美が言った。
「綺麗に撮れた?!」
「可愛く撮れてる」
 そう言ってデジカメのモニターを見せた。そしてベンチに腰を下ろし、バッグから一枚の写真を取り出した。そこには少し色褪せた麻子が写っていた。決して自分とは似つかない母の写真を見て裕美はいつも首を傾げるのだが、この写真を見たときには違っていた。それにこの麦藁帽子を被っている。
「そっくりだ」
 私は言った。裕美も肯いた。言葉に詰まる程その笑顔は似ていたのだった。
 私は暫く、裕美が母親の麻子から生まれると同時に亡くなった事実を自分の口から話せなかった。母親の命日が誕生日であること、一度も母乳を吸わずに育てられたこと・・・

 嘘を付くのにも限界が来ていた二年前のことだった。私は居間にある小さな仏壇で花を換えていた。
「お母さん私のこと産んですぐ死んじゃったんだね」
「えっ?すぐ死なないさぁー」
 私は娘の言葉に驚き、オウム返しに言ってしまった。
「位牌・・・」
 私は息を呑んで裕美の手を握り締め言った。
「気付いたんだね・・・」
「何で今まで隠してたのよ!」
 そう言って娘は私を振りきり、自分の部屋に篭ってしまった。
 一晩が経ち、娘が私の前に現れ、
「ごめんなさい」
 と一言告げると学校へ行く準備を始めた。その行動パターンも母親とそっくりだった。優しさや配慮が分かっていても、嘘を付かれることがまず嫌いなのだ。

 私は自分の再婚や恋愛さえ忘れ、仕事の傍ら、麻子の分身である裕美を大事に育てることに専念した。男手ひとつ、役不足を察し実家に戻ったものの、思い返して一人暮らしをして短かりし結婚生活もした町へ戻ると、娘と二人きりで暮らした。裕美が小学生に上がる年だった。それから十年が経っている。

 真夏の昼下がり、トンボの飛び交う高原に着いた。やはり住んでる町よりも空気が乾いているようだ。時折風が吹くと涼しい。集落を見渡すベンチに座ると裕美は私に言った。
「お父さんに話があるの。聞いてくれる?」
「何だよ急に?!」
「言いにくいな。・・・わたし彼氏出来たの」
 父親の私には衝撃的なことだった。けれどこうやって変わらずに、娘は父に付き合ってくれている。半面、大人になろうとしている。脅威にも寂しさを感じる私には、ひとり娘に委ねる部分があるのだろう。
「そうか・・・」
 その言葉は虚しく、私は娘に裏切られたような思いで一杯だった。その時の気持ちは、たぶん麻子の父親から激怒された過去を伺わせるものに等しかったのだが、自分がしてきたことを照合させると怒る余地もなかった。ただ十六歳が故、安易な扱いを受けては困ると思った。
 裕美は言った。
「彼、高校行かずに働いてるんだ。貧しいから・・・」
「・・・」
「彼と私は似たもの同士、ってことだけ言っとくね」
 何が似てるんだ?とも聞き返さず、私は自分の殻に篭ってしまった。そんな人間が親なのに子は育つもんだと思う。

 高原から下る途中、私は気になり出したことを娘に尋ねた。少し間を置いて裕美はしっかりとした口調で言った。
「彼と逢って下さい。・・・あと、彼のお母さんにも逢って下さい。もし気に入ったら・・・あっ、きっとお父さんのタイプだから・・・」
「お前何が言いたいんだ?」
「朝子って言って、でも字が違うけど、お母さんにしたい人。私、お母さん欲しいもん!」
 それは裕美が今まで一度も口にしなかった言葉であった。
 (逢ってみようか・・・)私が心で思った時、裕美の被っていたリボンの付いた麦わら帽子が、風に吹き飛ばされ空高く舞い上がった。そして近くの川に落ちていった。
 ゆっくり下流へと流されていくその麦わら帽子を、追うこともせず、二人で見送っていた。

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テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

| 恋愛小説 | 11:45 | トラックバック:1コメント:6
コメント
初めまして
こちらでは初めまして、ネリムと申します。
先日はコメント有難うございます。
 心理描写がリアリティがあって面白かったです。子供を妻と見立てる部分は切なかったです。
短い文ですが、これで失礼します。

 
 
2007.08.19 Sun 19:28 | URL | ネリム
ネリムさんへ
読んでいただきありがとうございます!
ぼくの話は心理描写がキーなので、ネリムさんの率直な意見が嬉しいです。誰もが溶け込めて読みやすいものを書いてきましたが、これからは入り組んだものも書けたらと思っています。
よろしくどうぞ。
2007.08.19 Sun 20:32 | URL | POPSTAR
度々レスすみません
小説がとても気に入りましたので
こちらのブログのリンクを貼らせて頂きました。
もし都合が悪ければお知らせ下さい。すぐにはがします。
それでは失礼します。
2007.08.19 Sun 22:29 | URL | ネリム
ネリムさんへ
こちらもリンク致しました。

とにかく文を書く(打つ)こと、創作する世界の楽しさ&無限さを分かち合えたらと思います!よろしく。。
2007.08.21 Tue 20:23 | URL | POPSTAR
会話の美しさ、切なさが胸に迫ります
こんにちは
HIROです。
ひさしぶりにPOPSTARさんのブログに立ち寄らせていただきました。父と娘の会話の美しさ、せつなさが胸に迫るような秀逸作です。
読んでいて僕は自分の一人娘のことを考えました
この小説にあるように「パパ、紹介したい彼が居るの」という年頃まで一緒に居たかったです。
コンサルタントで全国飛び回り、家庭を顧みず、男は仕事と一緒に仕事していた上司の連帯保証人を数人で引き受けてそれから別居で妻子と気持ちがいつしか離れたことが一因でした。
まあ、それで生き方を転進させねばとクリスチャンになったのですが。17歳で別れ今娘は33歳、会えないなんて北朝鮮みたいですね。
小学生から17歳まで月日を得るにしたがってこの小説にもあるようにあるときは娘って母親らしく振舞うものですね。
娘と一緒に銀座を歩き恋人気取りで歩きたかったと考えたりして、ちょっとセンチな想いのする珠玉編です。
拙著読んでいただいてありがとうございました。
POPSTARさんの作品に比べるとしっとりした叙情的な面がかけていて、僕の話ってめちゃくちゃ明るくて喜ばれたりしていますが、これから努力しなければと思います。
亜理紗と裕彦は年齢が32歳で、僕も30代の女性と付き合い結婚も遅かったのである程度の女性独特の心理は把握できましたが、葉月とイズミは20歳前半でどう若さを表すかで苦労しました。
でも、あれはどう考えても昭和40年代の恋愛模様ですね。
おかげさまでamazonnnでは立ち読み検索が出来ますし
毎日新聞20日付けの新風舎の広告で紹介されるなど、僕も頑張らねばと思っています。
POPSTARさんもぜひ今まで書いた恋愛小説をまとめて書にして世に出されますように。

2007.08.23 Thu 14:39 | URL | HIRO
HIROさんへ
先日は「ご本の贈呈」ありがとう御座いました。
暫くぶりに一筆書けました。今はワードなので打つというか・・・笑

ぼくは東野圭吾「白夜行」読んでショッキングでした。それは850Pに跨る「話のアヤ」という部分と、その中で数々の脇役の恋愛が出てきて、時には官能小説の開きもあるのだけど(苦笑)。そしてHIROさんの話もそうなんですが、東野氏の展開には、専門的な(丹念にリサーチされ架空ながらノンフィクションでもある)話も盛り込まれて関心しました。というより巨匠だと思いました。

HIROさんにぼくの文をここまで理解していただけることは自分の自信になります。今後もアドバイスも兼ね、お互い交信できたらと思っています。ありがとうゴザイマス!
2007.08.24 Fri 18:58 | URL | POPSTAR
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イタリア製 親子ペアも。ステッチ入りの素
ベージュを購入しました★プリムは少し短めですが、ワイヤーが入っているので少しウエーブを出して可愛くかぶるタイプですね。太目の糸で幅広くステッチしてあるので実物は写真よりインパクトあります。とても可愛い帽子で気に入ってます(^^)実用品・普段使い  ・
| ひなのblog | 2007.09.15 Sat 09:20
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東京都出身、横浜市在住
趣味:写真撮影、音楽制作、作家活動、野球、ドライブ、飲み会(笑)ほか多数・・・
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