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ふたつの未来 | main | 君への想い~奇跡を信じて~
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春風の旋律
 この物語は架空のものであり、ここに出てくる登場人物、名称など実在しません。
本作では学生生活を、サークルと恋愛を織り交ぜ軽やかに描こうと思いました。


 神奈川県鎌倉市に位置する湘南電鉄手広基地にも春の訪れがやって来た。速水(はやみ)真治(しんじ)は昼食を済ましてから妻の和代に電話した。同僚を連れて帰る事を了解して貰えるだろうか? それも急遽決定したからだ。真治が電車整備を職にしてから5年が経つ。前職を辞めたのには訳があった。残業のないこの仕事は妻の為に始めたと言っていい。今日もまた、同じ時刻の急行電車に乗り真っ直ぐ帰宅する。いつもと違かったのは、年下の同僚3人連れての帰宅路だった。駅前のリカーショップへ彼らに買出しを頼んでいる間に、真治は斜(はす)向かいのケーキ屋さんへ入った。そしてまた、賑やかな3人と合流しタクシーに乗った。

「ただいま!」真治は玄関を開け、彼らを先に奥の居間へと通した。
「おじゃましまーす」そう言って彼らは入っていく。ワープロを打っていた妻の和代は若々しい客に笑顔で接し、「こちらへどうぞ」とソファーへと促した。そんな彼女は車椅子にのっていた。そして彼らに言った。
「こんな格好ですいません。私、何も出来なくて」
「うちらこそ突然お邪魔しちゃって」と、真治と歳の近い五十嵐(いがらし)が言った。五十嵐とは、和代も交えて幾度か釣りへ出掛けた事があった。
「相変わらずお綺麗ですねぇ」と、彼は蛇足した。
「奥さん可愛いタイプだよネ」と、一番年下の谷口が水をさす。
「おい、生意気な口聞くな!」と。ノッポの木下が言うと笑いが起こった。どうやら水口と木下の漫才が始まる予兆がした。彼らは面白いのだ。和代は昔から輝いていた。真治にはもったいないくらいだと今でも思っている。早速、乾杯を始める準備をした。買ってきた惣菜をざっと並べビールを注ぐ。真治はふと学生時代を思い出した。そして真治が大きなケーキをテーブルの上に置いた。そのケーキには、ローマ字で『HAPPY BIRTHDAY KAZUYO』とチョコで描かれていた。彼女は感づいていたようだが、同僚らはそうだったのかと肯(うなず)いた。
今日は妻の誕生日であった。二人出会って丁度十年の歳月が経つ。結婚して四年、その間の六年間にはある物語が隠されていた。親友の存在、感動、恋愛。そして悲劇…
そんな思いに耽(ふけ)っていると、妻からちょっぴりきつい説教が入った。
「あなた早く乾杯しなさい。皆さん待ってるわよ」
「真治さん、結構奥さんの事怖かったりして」谷口がからかい木下が突っ込みを入れた。微笑ましい光景であった。乾杯し、ケーキや摘(つま)みにも手を付け始めたあと、五十嵐が棚の端に立て掛けてあったビデオを取り出し、これを観てみたいと言い出した。真治と和代は顔を見合わせた。少しして彼女が「観ましょう」と納得したように言った。真治はそれを取り出してセットした。タイトルは『Just the same…』。自作だった。16mmフィルムからおこしたもので、そのちらつきが時代を感じさせた。いきなり本編が始まった。淡い日差しの中、主人公のユウジがフレームインしてくる。
「本物の役者!?」静かに始まったにも関わらず谷口は声をあげた。
「そうよ」と、和代は悪戯っぽく笑って言った。
そしてヒロインのケイが歩いてくる。まさに美男美女といった感じだ。
「あっ!奥さん若いっ!」谷口は驚くように言った。
「今でもそうだろ!」木下がフォローした。確かに、十代の和代のあどけなさがそこにはあった。
青春のラブコメディーの展開からキスシーンになり、気まずい雰囲気になった。時間経過のあと二人の喧嘩シーン。ユウジの浮気と彼を束縛するケイのすれ違い。演技の上手い二人は皆を圧倒させた。ケイの前からユウジは消える。ラストシーンでウエディングドレスを着たケイは新郎に近付く。アップして、新郎がユウジではなく他の男と判る。相対して、ユウジが友人からケイの挙式の事を知る。同時進行で互いの心理描写が映し出される。‐ずっと彼を待っていたユウジへの思いを抱くケイ。今更ながら後悔するユウジ‐『Just the same』(まさしく同じ)の心理状態。なのに式は進行していく。その瞬間、ケイは心の中でさよならを呟く。ユウジは街のショーウインドウの前に立ち止まり、ウエディングドレスを着たマネキンを悲しく見つめる。街の雑踏が無音になる。ユウジは微笑み「さよなら、ケイ」と優しく言って歩き出す。いいタイミングで軽快なテーマ曲が被る。ユウジのストップモーションで字幕がスクロールする。
「凄いなぁ!」五十嵐は感嘆の句を言ってアンコールをねだった。彼が映像に興味あると真治は知っていた。
「脚本とか編集も上手いよ。誰がやったの?」五十嵐は真治に聞いた。
「この人よ」和代は自慢げにそう言ったが、真治には妻 和代が心の内であの頃をリフレインしていたのを悟っていた。
「ナイターどうなったかな?」巨人ファンの木下がそう言った時、真治はビデオからテレビへと切り替えた。
「五十嵐くん、今度ダビってあげるよ」真治は五十嵐に言った。
「打て~」既に木下はナイターにのめり込んでいた。谷口は?というと、酔っ払って眠そうにビールを注いでいた。

 同僚たちが帰り妻と二人きりになった部屋で、真治は誕生会の片付けをした。そして歩けない妻と湯船に入った。そこで今日の出来事を話してあげる。外出が容易でない妻への手土産といったとこだろうか。ベッドに横になってから和代は、「今夜は楽しかったよ」と真治に抱きついて言った。開いた窓から、なま暖かな春風がそよぐ。
「いつもありがとう」妻は、暗がりの天井を見つめて言った。
「ああ…。あの頃の事思い出しちゃったね」真治も天井を眺めながら言った。和代は言った。
「久しぶりに観たわね、あの映画」
「君の事はすべて解かってるつもりだけど、昇ちゃんとの事は…。」
「思い出してなんかいないよ!?」
「僕は良く思い出すよ」真治は妻の気持ちを察してそう答えてみせた。
それは、四年間の学生生活に遡る。


 大学生の真治は、映画を撮るサークルへ入っていた。そこで親友となる田沢昇一と出会う。昇一は爽やかな美男子だ。対して、真治はモテない男という訳ではなく、感性にたけていて部のC(ツェー)年(ネン)(1年生)のリーダー的存在だった。そして、役者を目指したいという昇一の演技力とカメラワークの良い真治は、D(デー)年(ネン)(2年生)と組む秋の学園祭に向けた作品制作の原動力となった。気の合う二人がD年になろう頃、真治の下宿先を訪れた昇一が原稿を差し出し、「真治、俺が書いたんだ。ちょっと読んでみてくれ」と、意気込んで言った。真治は驚いたが、わくわくしてそれを手に取り目を通した。昇一はその間、自信ありといった態度で「どう?」と、しきりに聞く。
「昇ちゃん、凄くいいよ。恋愛モノかァ。問題は昇ちゃんの相手役だな。演技力、…それと輝きというか、清純なタイプかなァ」
「そうなんだ、うちの部にはちょっとイナイよな」昇一が言った。
「佐藤さんじゃ色気出ちゃうかな。…それに裏方志望だよな彼女」と、真治。
「岡田幸恵だと‘いらっしゃいませ~こんにちは’になっちゃうしね」
「昇ちゃん、それじゃマックだろっ」真治が突っ込む。
「外部で募集かけるのは問題ありかなァ?」と、昇一が聞く。
「ちょっとな。今から二人で恋人探しでもすっか」真治は言った。
「マジで考えようぜ」と、昇一はさらさらした髪をかき上げ真治を睨んだ。
『こいつマジだな』真治はそう思いながら原稿を返した。
「新入生に期待かけるほかないか」と、ふたり口を合わせて言った。

 なま暖かな春風がそよぐ新学期。ガイダンスにやって来る新入生に、部を挙げての勧誘をキャンパスで行った。真治たちはビラを配りながらヒロインを探した。まるでガールハントをしているかのように…。
結果、新入部者にヒロインに似合うタイプの子は見当たらなかった。
「ボツかな、これは…。ストーリー変えるよ」と、捨て鉢な昇一は途方に暮れていた。彼は意外に繊細なんだなァと真治は思う事がある。そんな真治が同じ学部でサークルも共にする友達の佐藤るみ子と、講義終了のまばらな教室で部を語っていた。真治は彼女に、C年、D年のまとめ役となった抱負や、例の映画の企画構想、そして最後に昇一の事も話した。
「彼を慰めてやれよ。いいチャンスだと思うし」と、真治は最後に付け足し、先に教室を後にした。明るい性格のるみ子は企画には乗り気であったが、昇一には特別な関心を示さなかった。かつて昇一に対しての想いを、彼に受け入れて貰えなかったからであろう。真治はその足で部室に寄ってみた。
「速水!役者志望でカワイイ子が来てんぞ!」廊下ですれ違った先輩がにやけて言った。部室に入り、そこに腰掛けている彼女をひと目見て、『これだ!』と思った。真治は直ぐに自己紹介した。
「初めまして。1・2年のリーダーやってる速水です」
「私、滝口和代と言います。宜しくお願いします」と、彼女は礼儀正しく言った。あどけない可愛さの中に、信念を持った人だと真治は思った。少ししてスタイルのいい昇一がやって来た。彼女が彼を見た瞬間、その瞳孔が開くのを真治は見逃さなかった。そして彼らがこの瞬間から魅(ひ)かれ合うのを感じた。おかげで真治は、昇一の原作を脚本化する事に没頭できた。彼らの恋愛を想定し演技力をも確信した。


 4限が終了と共に学生の波が駅へとどっと流れ出す。それを横目に、真治ら映研D・C年グループの会合が学食カフェにて行われた。マネージャーを受け持つるみ子は、真治が書き下ろした台本を集まったメンバーに配っていった。リーダーの真治が監督として挨拶をした。真治は趣旨、配置、活動の流れを説明し、意見を求めた。カメラは吾妻(あづま)に任せることにした。彼は真治から見て信頼できる一人であった。勿論、映像好きな全員と気持ちが通じ合っていると思っている。制作費に対しカンパという案が出たが、D年佐倉は真っ向から否定した。彼の言い分は演技力でカバーしようという事で結果、衣装や、ロケ地への移動・食費などは極力自前かつ自費という事となった。賄(まかな)えないものに関してのみ部費で出費する。そして役者と裏方とに別れ打ち合わせをした。裏方側(技打ち)には編集の大島をリーダーに充て、真治は役者側の演技指導(本読み)に付いた。肝心の昇一が、滝口和代の前で何となく照れがある様子で落ち着かない。真治は帰り際和代にアドバイスするふりをし、昇一との仲を気遣った。彼女は落ち着いていて、真治の云いたい事を理解してくれた。『二人の絡みを減らしクライマックスをメインにしよう』真治は思った。それでもそれを印象付ける為に、キスシーンは外せなかった。
 最後にカフェに残った真治は、コーヒーをもう一杯口にしながら、気付いた事を台本に書き込んでいた。最近気疲れしていると自負していた。そこへるみ子がやって来た。彼女は真治の横に座ると、持っていた袋からベーカリーを一つ取り出し、真治にそれを手渡した。
「サンキュ」真治は短く言った。
「速水くん、何考えてるの?」るみ子が明るく言った。
「呑気でいいなァ、佐藤さんは」と、真治は一息入れてベーカリーを口にした。
「楽しくやりましょ。それにしても主役のお二人、お似合いだわ」と、るみ子は羨ましそうに言った。
「でも昇ちゃんらしくなかったなァ。女の子に照れるなんて」
「きっとあの娘に気があるのよ」と、るみ子はさらりと言った。そんなるみ子には、もう本当に昇一への想いがないのだろうか?真治は思いつい口にしてしまった。
「ねぇ、昇一の事はいいの…?」
「えっ?…速水くんて優しいわよね!」るみ子は拗ねた言い方でそう言った。
「悪かった。もう言わないよ」そう真治は謝ってから言った。
「夕飯、一緒に食べようか?」その瞬間、るみ子は何も無かったかの様な素振りでニコッと笑ってみせた。
るみ子とは、いつも一緒に居ても周りからパッシングされる事なく自然に居られる。真治はそう思っていた。真治は彼女に対して下心無い訳ではなく、自然で居たいが為にわざとその気持ちを殺していた。彼女もそうかも知れないと最近思っていた。
 食事の後、すっかり暗くなった夜道を二人歩いた。辺りはしんみりとしていた。五月も半ば、こうしてるみ子と歩いて一年になる。突然、真治は立ち止まった。
「どうしたの?」と、るみ子は振り向く。
「付き合おうか?」真治はそう言って彼女を見た。
「付き合おっ」るみ子は笑顔で応えた。
「好きになってた。君の事…」真治はさりげなく言った。
「うん」るみ子も納得していたかの様に肯いている。言葉では掴(つか)み所のない るみ子ではあるが、気付くと真治の腕に抱きついていた。彼女は言った。
「私、待ってたよ。速水くんがそう言ってくれるのを…」19歳とは言え、大人っぽく見えるるみ子がそう言うとしっくりくる。言葉なく真治は、るみ子の肩を引き寄せるとそっと口づけた。

 脚本の手直しを幾度としてから、出演者たちの本読みを行った。昇一の演じるユウジと和代の演じるケイの台詞も大してなく、脇役に対しても簡素なものだった。味気ないと言ってしまえばそれまでだが、ちょっとした仕草や表情で作品は良くも悪くもなる。以前昇一がそう言っていたのを真治は思い出す。真治の心配はよそに、熱の入ってきた昇一は、演技の中で格好良くユウジを演じていた。この日は主役二人と、カメラ担当の吾妻と真治、るみ子の五人で詰めをしていた。
「いいよユウジ。ケイもその調子でね!」そんな真治も監督が型にはまってきた。
「カメラ回してみようか?」吾妻がたまらない様子で言った。
「前のカットとの衣装つながりなんだけど、同じでいいの?」水をさすようにるみ子が割り込んだ。
「そうだよな。まだまだ詰めるとこあるなァ」真治は言った。
「衣装は別に用意しよう!」と、付け足して言った。
「私たちでやらせて下さい」和代が皆に言った。私たちとは、仲の良い智子と純江を指していた。部外者であるが、今回の衣装を頼んでいる裁縫できる彼女の友人だ。
「何かあったら気軽に言ってちょうだいね」と、マネージャーのるみ子が和代に言った。


 ドライ、カメリハ、本番といった業界用語は、映画制作に於いて楽しめる言葉であった。いつしかその言葉を皆が口にしていた。順撮り(ストーリーの流れの通りに撮る事)の方がしっくりいくと皆の賛成で、S(シーン)-1、C(カット)-1の二人出会うシーンで開ける事となる。
夏も近付く晴れた休日の朝、通学で見慣れた駅前の通りでシュート(開始)した。華やかなメイクの和代とスタイルの良い昇一がスタンバイする。吾妻が三脚(あし)を立てカメラを設置すると、直ぐにドライ(撮り位置でのリハーサル)を始めた。カメリハ(カメラリハーサル)も同時に行う。何しろ道路使用許可を取っていない。役者にレフ板を当てる照明、外周音を撮る音声もいて役者を大人数で囲んでいる。見物客も集まってきた。
「本番いきま~す」真治は叫んだ。数カット撮って真治はOKを出した。次にキャンパスのある丘に移動し、二人が仲良くなっていくS-2を撮る。朝以上に天気はピーカンになっていた。その次に舞台となる喫茶店は、セッティング担当の藤本の実家の店で、数人のメンバーがいっているはずだ。大島と学部が一緒の平井が、今回のロケで8人乗りのワゴン車を提供してくれた。C年で車好きな相田がスカイラインで技術スタッフを乗せて行く。二度出てくる喫茶店は別物の為、撮り方を工夫し背景をごまかした。昇一はこの日、三度の衣装替えをした。先にS-11といった後半部分も撮ったからだ。この日のメニューは無事こなし、夕方には打ち切った。二時間程貸切り状態にしてくれた藤本の両親へのお礼に皆で食事を注文し、軽く打ち上げをした。今日NGの話題を楽しくするグループもあれば、身の上話を展開しているグループもある。真治が‘あれっ’と思ったのは、昇一と和代が別々のグループに居た事であった。
 解散して昇一と久々に二人きりになった真治は、彼を居酒屋に誘った。そしてカウンター席に並んで座った。サワーで乾杯しいろいろと語り合った。
「たまには人生観でも話すのもいいよな」と言いタバコをふかす昇一。彼が大人になっていくのを、真治には少し寂しさすら感じていた。出会った頃の彼のやんちゃなイメージが真治は好きだった。
「真治、オレ滝口和代と付き合い始めたんだ。ごめん」昇一は言った。真治は『やっぱりな』と思い、笑って言った。
「謝ることないだろっ。俺お前の恋人じゃないんだから」
「そうだよな」ポーカーフェイスの昇一はいつもの癖で髪をかき上げた。
「とにかく作品完成させよう昇ちゃん」
「ああ。ヨロシク頼む。…真治も早く女作れよ」
「実はそれなんだが、心配要らないよ」真治は顔を逸らして言った。
「遂に彼女と付き合い出したか」昇一は真治の相手を見抜いていた。


 八月になり撮影も残すとこ、結婚式シーンのみとなった。それは月の終盤、学園の講堂を借りて行う事に決まった。陽も沈みかける夕暮れ、真治は部室で現像されたフィルムをかざしていた。そこへるみ子がそっと入って来て、悪戯に真治を驚かせた。
「何だ、君かァ」
「何だ、君かァとは酷くない?速水くん!私のおかげで先輩たち式のシーン来てくれる事になったのよ!」
「そう、ありがとう」
「それだけ?授業もさぼって!ノート貸さないわよっ」
「それはご勘弁を」
「ねぇ、私も編集付き合っていい?」
「門限厳しくなかったの?」真治は横目で言った。
「だって誕生日くらい好きな人と一緒に過ごしたいんだもん」そう言ったあと彼女は黙り込んだ。真治は携帯を取り出すと大島に電話した。今夜の編集の中止を告げた。電話を切ったあと、真治はフィルムを片付けながらるみ子に「行こう」と声掛けた。
真治は、駅の改札を定期で入ろうとするるみ子を制して山手中華街までの切符を二枚買った。
「君と違って貧乏学生でもいいとこくらい知ってるんだ」ムキになって真治は言った。
「じゃ、期待しようかなァ」るみ子はいつもの調子で真治に目配りする様に言う。
真治は思う-『しんみりしてたから誘ったんだけどな。全く素直じゃないね~』
 地下鉄を降りてから真治はATMに寄りキャッシュをおろすと、山手中華街のお気に入りの店へとるみ子を連れて行った。ここは奮発してコースメニューを注文。そして満足そうにエビチリをほおばる彼女に真治は言った。
「食べたらもっといいとこ連れて行ってあげる」
「いいとこ?うん、楽しみにしてるね」
真治はるみ子の手を引くと、暗く閑散な路地に入っていった。急な石段を登る。歩き疲れた様子で彼女は立ち止まった。
「もう少し我慢して」真治は言うと彼女は「わかった」と答えた。階段が終わり一角を曲がったとこで、るみ子は「凄~い」と言った。眼下には湊町の夜景が開けていた。二人は柵に寄り添い遠くを眺めていた。
「写メ撮らない?」るみ子は言った。
「その前に。まだ言ってなかったね…誕生日おめでとう」
「二十歳だよ!信じられない」彼女はそう言ってはしゃいでいた。
「君にも夢ってあるの?」真治はそう言うと、るみ子は不思議そうな顔で見た。
「俺にはいっぱい夢がある。凄い映画を撮るんだ。そうだなァ、フランス映画のような、例えば“BettyBlue”南フランスの余情、“A man and A woman”パリの映像美とフランシス・レイのピアノがいいよね。それに…君と海外を旅したい」真治は楽しそうに言った。なのにるみ子はうつむいていた。
「どうした?」真治は尋ねた。
「…ごめんなさい。実は私、来月からロスに編入留学する事になったの」
「えっ?」
「今まで黙っていて悪いと思ってる。でも行きたくなくなった」
「行けばいいじゃん」真治は突き放す様に言った。
「何でそう言うの?」
「…ねぇるみ子」
「何?」
「綺麗なまま別れよう」真治は言った。正直ではなかった。が、彼女を引き止めるまでいかず、それは言葉を見失っての文句だった。
「わたし速水くんに抱かれたい」るみ子はそう言って真治に甘えた。真治は今までで一番の驚愕(きょうがく)を感じた。
「離れても俺の彼女で居てくれるなら…」真治はためらいながら言った。
「わかった」これがるみ子の返事だった。
和代と結婚してから、真治はこの話を打明けたのだが、「二人共大人だね」って言ってくれた。その時こう質問された。
「何故二人再開出来なかったの?」と。その理由(わけ)は解けていたが、少し考えるフリをして、
「それが男と女じゃないかな。だって君と、まさかこうして暮らすなんて思った事なかったしね」と、真治は答えた。
「そうよね。不思議よね」と妻は言っていた。


 8月23日、ロケ最終日。この日は式のシーンであった。演技とは言え、滝口和代の花嫁姿を誰もが色目で見ていた事だろう。新郎役の無口な須崎もこの時だけは浮かれ、結婚ごっこを楽しんでいた。その後、駅前の居酒屋で飲み会の席を設けた。
監督の速水真治は挨拶をした。
「みんなの協力で何とか無事、ロケのほう本日を持ってすべて終了しました。編集の方ですが、希望者全員に少しずつやって貰います。それから、」
横にいた昇一が急に立ち上がり代弁した。気配りだと真治は思った。
「裏方に回ってくれた皆さん、本当にサンキュウ!」
「いいぞっ、ユウジ!」照明の浜が、昇一の役名で言った。昇一は後を続けた。
「えー、皆さんご存知かと思いますが、マネージャーを務めてくれた佐藤さんなんですが、今日でお別れとなります。アメリカの大学へ移籍という事です。佐藤さん一言どうぞ」
「はい。撮影お疲れ様でした。本日は先輩方もお付き合い頂きありがとうございました。一年半でしたが、思い出いっぱい出来て幸せです。とても寂しいけど…これからも皆でいい作品創って下さいね。本当にありがとうございました」るみ子が丁寧に挨拶を終えると拍手が一斉に起こった。それを聞いていた真治は恋の病を覚えた。そして「昇ちゃん頼む」と言った。昇一の音頭で乾杯した。そのあと会は盛り上がった。真治は黙って飲み続けた。るみ子が横に来て「私にも注いで」と言われ一緒に飲んだ。

 秋も終盤、真治の部屋のポストに一通の手紙が届いた。アメリカに行ってしまったるみ子からだった。渡米してから何度か電話が来ていた。会話の中で「好き」と言うのは真治の方からで、相手の気持ちに覚めた勘があったのだが…。幼少期シアトルで育った彼女は、そもそもバイリンガルであり、翻訳家になりたいと言っていた。同じ英文科で真治は度々助けて貰った。横文字で綴ったるみ子の手紙には、環境の変化、勉強の忙しさなどが書かれていた。現地で出来た友達との写真も添えられていた。完成して送った映画の感想もあった。ただ、‘still, I love you…’のワードは何処にもなかった。


 年が明け、昇一が教職を取る事を真治に打明けた。役者になる夢を捨て現実をチョイスする彼を、真治が非難する事は出来なかった。そして彼は映研から退部していった。真治は孤独を埋める様、学生でありながら好きな映像の世界を追った。АD(アシスタント・ディレクター)や、CА(アシスタント・カメラマン)のバイトを始め、TVスタジオに出入りするようになった。トレンディードラマ“君の瞳に恋してた”では台本チェックを任された。大学に籍を置きながら、この年は幾つもの単位を落とした。3年に進級出来てもこの分だと留年確実となりそうだ。まれに行くキャンパスも部室への顔出しにしか過ぎなかった。もう一度、学生をやり直す切っ掛けが和代であった。部のほうは同期の大島が部長になっていた。そして、久々に会った和代が後輩に指示を与えていた。真治は嬉しかった。と同時に、冬眠から目覚めたかの様な自分を恥じていた
「すっかり先輩になったね」と、真治は和代に声掛けた。
「はい!」彼女は元気に答えた。
「そうだ、彼氏どうしてる?」彼とは昇一の事だった。
「はい、五月に教育実習に行く事決まりました」
「それはいい話だねっ。暫く会ってないなァー」
「先輩がプロの世界飛び込んでいった時、あいつ違うねって」
「軽蔑してたのか?」
「逆です。私にプレゼントしてくれたTVの台本見て、いつかまたやりたいって」そう言って和代は笑っていた。
「仲良くね!」真治はそう言ってからその場を去ろうとした。その時、和代はひと言云った。
「でも、先日彼にフラレました」
「彼が!?…そうだったんだ」真治はそれ以上聞く事はしなかった。
「速水先輩は彼女とは?」
「自然消滅かなっ。果かないよ…」
「じゃ、今はひとり?」
「そうだよ」真治はわくわくした。
「可能なら私を制作の現場に連れてって下さい」それ以上に和代ははしゃいで見えた。
 後日、真治は制作の見学に和代を連れて行く事になった。結局、彼女は撮影現場には通される事が許されず、外で真治を待っていた。それなのに満足そうに和代は礼を言った。それで終わりかなと思っていた矢先今度は、「私と勉強して下さい」と帰り際、彼女は次の約束を言ってきた。真治にとっては‘高嶺の花’と思っていた和代に対して、るみ子の時と同じ様な関係になっていくのをひしひしと感じていた。
そして、講義に出るのも楽しみになっていた。そのあと和代と逢って図書室で勉強をする。三年、四年生と言えばゼミがある為、部には顔出し程度が普通になる。真治もその部類となった。真治は、和代に好かれながらもそれ以上は望まなかった。
冷たい雨の振るクリスマスの日、真治は和代を呼び出してプレゼントを渡した。それは貧乏学生の贈り物だった。それを気持ち良く受け取る和代を見て真治は決めた。
「ケイちゃん。俺がもし今回卒業単位取ったら、俺の彼女になってくれないか?」
「はい」と彼女はひと言。抵抗なく同意した。その‘ケイちゃん’とは映画で使った役名である事は云うまでもない。そして、その年は単位を取り返した。卒業見込みもあった。それには和代が共に机を並べてくれたおかげでもあった。それだけ真治は愛されていたのだろう。

 再びなま暖かな春風がそよぐ。例え道に迷ったとしても、春はスタートのチャンスを与えてくれる。この年の真治は、再び映像の世界へと没頭した。既に恋人になっていた和代とは週末にデートしていた。真治は就職活動もせず、バイトながら全国をロケする番組を手掛けていた。熱意とセンスをも認められ、まずはこの会社に雇われるのもいいと思っていた。それには入社後、ディレクターの仕事を与えようという社長からの約束もあったのだ。

 秋になって真治の所にある知らせが舞い込んで来た。最初にるみ子から電話があった。
「ご無沙汰してます」女の声は言った。
「…るみ子?」
「そうです」
「今どうしてるの?」
「秋にロスの大学を卒業して今こちらに戻ってます。それから…」
その先の話は、彼女はこの春から昇一と付き合っていて籍を入れたという嘘の様な話だった。あいにく真治も、和代と付き合っている事を話した。少しして昇一が電話口に出た。彼は和代を宜しくと言っていた。数日後、昇一とるみ子が揃って下宿先のアパートへやってきた。暫くは言葉ない三人であったが、テーブルを囲んでから昇一が言葉を発した。
「相変わらずだな」昇一は部屋の中を見渡しながらそう言った。
「まだ四年経っていないのにあの頃が遠い昔のようだな」真治は昇一に向かって言った。
「るみ子、更に大人になったみたいだ。彼に幸せにして貰うんだよ」今度はるみ子に言った。真治にはとても複雑な心境だった。別れ際、るみ子は昇一に「先に出てて」と言った。真治とるみ子は二人きりになった。
「ちゃんとさよならしてなかったね」るみ子は言った。
「ああ」真治は、想い焦がれた半年間を思い出していた。
「昇一とは本当に今年からなの」
「わかってる」真治は言った。
「連絡出来なくてごめんね」
「君らしくなかったね。それより結婚式には呼んでくれよな」
「優しいね、真治」
「始めて俺の名前、呼んでくれたね」
そして彼女も部屋から消えていった。これこそがドラマの様であった。真治は妙に寂しくなり和代に電話を入れる事にした。もしすべての事が夢ならば、和代の存在もないはずだ。そう思いながらコールさせる。数秒後、彼女の優しい声を聞くと一安心した。


 時は流れ新年も二月になり、真治は大学に卒業論文を提出した。その日、真治と和代はある約束をした。それから真治はロケの為、羽田へと急いだ。そしてディレクターと落ち合い札幌まで飛んだ。新番組が舞い込んで来て、四月早々真治が担当する事も決まっていた。春から真治は、新入社員としこのプロダクションで働く事になっていた。数日して真治は、出先の札幌から和代にメールを入れてみた。直ぐに返信のメールが届いた。その内容は予想外で残酷なものであった。
『お疲れ様です。先日の婚約の話ですが、なかった事にして下さい。和代』
驚きを超え不安になった真治は、急遽札幌から帰京する事にした。自分が任されていた仕事の責任放棄に激怒されるのも顧(かえり)みず、真治は空港のある千歳へと向かっていた。
汚れた防寒着で出発ロビーを横切り乗り場へと急いだ。羽田に着いたのは夜の七時だった。和代が携帯を切っている様子なので、直接彼女の実家マンションへと向かってみた。玄関の扉が開くと、先日挨拶した彼女の両親と対面した。
「どうぞ上がってください。和代、昨日退院してきたんですがね」と、大人しそうな彼女の父親が言った。
「何かあったんですか?」真治は不思議そうに尋ねた。
「あら、何も聞いてませんか?」今度は母親の方が言った。
「はい」と、真治は答えた。
「入らないで!」ドアの向こうから和代の声が聞こえた。真治は、両親にこの場から外れる様に言った。
「何があっても一緒だよ。…二人の絆」
「・・・」返事がない。‘二人の絆’とは、和代が真治に対し勉学を共にした頃に言い続けた言葉だった。
「二人の、絆…」暫くして彼女がそう言った。そして部屋の扉が開いた。そこには車椅子に乗った和代の姿があった。
「わたしもう歩けないの。こんな私でも愛してくれますか?」と、彼女は言った。真治にとって確かにそれはショックであった。けど、それ以上に彼女を失うなんて出来ない。
「愛し続けたい」真治は言った。
                    (完)
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Author:POPSTAR
HN: POPSTAR
東京都出身、横浜市在住
趣味:写真撮影、音楽制作、作家活動、野球、ドライブ、飲み会(笑)ほか多数・・・
『愛ラブYOU』では短編小説を中心にアップしてます。感想などお待ちしてます!!
下のリンク欄にあるプロフもどうぞ。

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