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黄昏のロマンスカー
 物語中の業務に於いて作法等食い違う部分は、ストーリー性を出すための仮想部分としてください。また、物語のユーモア性を出すため、人名には小田急電鉄の駅名を使っております。その一貫短編ではありますが、前編ではロマンスカーの旅を中心に、後編では職場に於ける恋愛感情を中心に描いてみようと思いました。臨場感を出すため私も取材を兼ね、新宿から箱根湯本まで乗ってきました。

☆どうぞロマンスカーの旅を満喫してください☆

 
-前 編-

 二十歳を迎えた蛍田(ほたるだ)ひかるはフリーターだった。演技の勉強をし、オーディションを受け続けるがタレント事務所にも受からず、最近になって二年間続いたCDショップの店員も辞めた。私設劇団の主役も務めた傍ら思うのだが・・・「私の演技は捨てたもんじゃないんだけどな」そんな事を呟きながら近所の公園で佇んでいた。実家に同居する親の手前、小さくなりながらただ来る日を過ごしていた。そんなだらけた心境の中、呆然と求人誌を捲ってみた。中ほどまできたとき、【ロマンスカーアテンダント若干名募集!小田急ロマンスカーでの車内販売など】の記事に目が留まった。ひかるは列車の旅が好きなのだ。早速小田急サービス人事部に問い合わせてみた。夕方から新宿駅構内に隣接する事務所へと面接に出た。趣味の欄に注目した面接担当者は、芝居してんだ?と訊いたあと、「鉄道好きでうちへ来る女性は珍しいよ」と言っていた。ひかるは「鉄道を利用した旅です」と否定したが、特急名やら形式やらに興味を持ち案外詳しいのだった。結果は「即、研修期間を経てお願いしたい!」という形で決まった。B型だからと言う訳ではないが、気分屋でおだてに乗りやすいひかるは、そのあとルンルン気分でコメディー映画を鑑賞し帰った。早速‘仲良し三人組’のえりとえみにメールで、[今度ロマンスカーに逢いに来てね~]と送った。その返事は二人とも[そうだ、箱根へ行こう!] だった。 [こら~一緒に居るな!!] ひかるは二人に同報で返信した。それもそのはず、二人は双子なのだ。

 その日ひかるは早起きをし、いつもより丹念な化粧をするとうちを出ていった。早番で、朝六時に集合という事で荻窪を五時に出る中央線に乗り込んだ。荻窪を出ると電車は高架を走る。久しぶりに見た開けた視界は、清々しい秋空だった。進行方向右手に高層ビルが近付くとそこはもう新宿だ。

 喜多見電車区の生田(いくた)は社宅から出勤した。乗務30分前が出社時間となる。この日の行路は、7時前の各停で新宿まで行き、新宿始発「特急はこね」号で箱根湯本まで、休憩のあと折り返し「特急さがみ」を運転、昼から準急本厚木行きに乗り、新百合丘から各停で唐木田往復、他の運転士の乗る便で喜多見まで戻ってきて夕方の4時には上がる。仕業カードを読み合わせたあと乗務へと出発した。待避線には急行と準急の通過を待つクリーム色に青帯の電車が止まっていた。椅子を倒しブレーキハンドルを差し込む。やがて信号が赤から黄色に変わるとGOが掛かった。生田は信号に向かい指差呼称をしてから、通勤客で乗車率の多い電車を走らせた。初めのひと駅で車輌の癖を掴みブレーキの利きを把握する。加速は加重構わずセンサーにより一定なのだが、減速は条件により利きが違う。例えば雨振りのラッシュ時には、同じ地点で強い制動を掛けても停止位置をオーバーランしてしまう。この対処によりラッシュ時は後続に影響し、あとあとまで連鎖反応を起こしてしまう。生田も今年になって2~3回、バックをして止め直すというミスを起こした。

 ラッシュで混みあう小田急新宿駅だが、ロマンスカー専用ホームは幾らかの余裕を感じる。そこにはお弁当や飲み物お摘みを満載した台車を引く女性の姿があった。紺色の制服に大人を感じさせるデザインのスカーフ。ロマンスカーアテンダントになったひかると先輩四人だった。このクルーの班長 伊勢原みすずから、秦野みゆきに付くよう指示された。朝のうち、その車両に対して商品の補充をしておく。弁当に関しては午後からの補充もある。みすず、みゆき、ひかるは前方1号車から6号車まで、あとの二人は7号車から11号車まで受け持つ事となった。ひかるが研修ということで一人プラスとなる訳だ。班は決まっていても、当日受け持つ車種により列車の長さや人員配置が違う。待つこと5分。二つ目のライトが暗いホームの先から見えてきた。海老名車両基地より回送されてきたのはLSEと呼ばれる7000形だった。まさにひかるが抱くイメージである赤いロマンスカーだった。喫茶室は3号車と7号車で、ひかると先輩二人は3号車の半分を占める喫茶室へと荷物を積み込んだ。車内は案外狭いんだなぁとひかるは思った。日本車輌でリニューアルされた車内は、国鉄時代のL特急車輌に似て平べったい。また、連接車と呼ばれ台車が二つの車両にまたがり繋いでいるこのタイプのロマンスカーは、最小カーブを曲がる関係上ひとつの車両が11メートルに設計された(一般車両は20M)。以前、ひかるは前の彼氏を誘って江ノ島まで乗ったことがある。静かで横揺れがなく、ぐんぐん加速してもスピードを感じさせなかった。それから、双子と旅に出る際にはプランの窓口として重宝された。
と、そのときひかるは階段を上がってくる二人の駅員を見掛けた。
「お疲れ様です!」みゆきはその駅員に言った。
「おはよう!」小太りの彼の方が答えた。
カバンを提げているところを見ると乗務員だろうか?ひかるは間違えないと思った。
「あの方は?」ひかるは先輩のみゆきに尋ねた。
「車掌さんの善行さん、この前一緒に飲んだのよ!面白い人なの」
「そうですか」そう言いつつひかるはもうひとりの男性の方が気になった。人目惚れ!? いや、そんなんじゃないんだけど・・・心の中で否定した。その人は反対側に歩いていった。
「あっ、あの運転手の人、確か・・・そっ、みすずさんの彼氏だわ」みゆきが言った。ひかるはがっかりした。しかし、すぐに風に消されたものほど想いは募らない。丁度車内から出てきた班長みすずが、彼の後ろ姿を目で追いながら言った。
「さてと、準備終えたから私はカウンターで留守番するよ」
「お願いします」みゆきが答えた。みすずはみゆきから台車を受け取っていった。
「アテンダントの仕事のひとつなんだけど・・駅ではドアの前に立ってお客さんを迎えます。それから仕事中はサービスの一貫として品良くしましょう」みゆきが立ち位置に着きながら上品に言ってみせた。その時ドアが開いた。平日だからであろう。乗ってくる客はサラリーマンの姿ばかりだとひかるは思った。
「おはようございます。特急券を拝見させて貰います!」みゆきは最初の乗客に言った。

 先頭展望車二階部分には運転室がある。痩身の生田には問題ないのだが、客室からはしごに上り、マンホールの様な天井を開けそこを抜けるのが苦手な人もいた。それにこのタイプの運転席は空間が狭く、脚を前に伸ばし座らなくてはならない。車で言う右足アクセルの位置には警笛スイッチがあり、左足はライトの上下切り替えスイッチがある。天井は低く、まるでレーシングカーだ(筆者が実際運転席に座った上での感想です)。それでも生田にとってこの展望カーは好きな空間だった。発車ベルが鳴り止み、懐中時計の針が定刻を廻ると生田はマスコンハンドル(マスターコントロール)をカチカチと手前にふたつ引いた。このハンドルから手を放すとブレーキが掛かるというデッド機能がある。運転士が倒れても電車は自動的に止まるという装置だ。勿論、目視信号の条件により減速出来なかった場合に於いては、強い常用ブレーキ(対して非常ブレーキ)が掛かる仕組みとなっている。この車輌は右手操作のワンハンドルマスコンで、真ん中から手前に引くと力行(加速)。真ん中から置くに倒すとブレーキが強くなる仕組みだ。その指令はモーターのある車輌、床下制御装置へと電子回路で伝わる。低速で右に急カーブ(R=小さい)しながら、ポイントで地階ホームからの線路と合流する。南新宿の駅を通過。アナウンスはドア閉め担当車掌から、車内販売の女性の声に変わった。「はこね号」は代々木上原を通過していた。
「車内販売からのお知らせです。只今より、この車内に於きまして、お飲み物やお弁当、お摘みの車内販売を開始致します。アテンダントが皆さんのお近くを通りましたら、どうぞご利用くださいませ。また、3号車、7号車に於きまして、喫茶室がございます。暖かいコーヒーにサンドウィッチなどの軽食、お土産まで取り揃えております。併せてご利用くださいませ。車内販売からのお知らせでした」
「秦野さんステキでした。私には緊張して放送なんか無理っぽいです」ひかるは言った。
「初めはそうよ。でもひかるちゃん、これから販売しに行くのよ?それっぽくセリフ言える様にならないとね」
「それは平気だと思います。私、お芝居してましたから」ひかるは明るく言ってみせた。
「なら大丈夫ね」みゆきは頼もしそうに言った。
「みゆきさん?お釣りの渡し方とかあるんですか?」
「そうね~決まりじゃないんだけど、やっぱ大きい方からお返しして!」
「はい!私、変わってるから小銭から渡しそうでした」ひかるがそう言うと、カウンターの中のみすずが笑った。
「面白い子ね~来週の善行さんとの飲み会、ひかるちゃんも来なさいよ!」年長のみすずが言った。
「あの~善行さんだけ?ですか?」みゆきはみすずをからかった。
「何が言いたいのかな?」みすずの表情は軽蔑しつつも、みゆきとは仲良しそうだった。
コーヒーやサンドウィッチなど積んだカートを押すみゆきのあとを、ひかるは付いていった。最初が肝心だという。小田原手前のアナウンスで販売終了になるのだが。そう、誰しも降りる寸前には買わないからだ。
「折り返しの列車から空いてくるはずだから、少しずつやってもらいましょう」みゆきは言った。みゆきの話に聞くと全車指定のロマンスカーの平日は、朝夕が満席、日中は空席が多いという。逆に土日祭日には乗客は分散し、座席にも余裕があるらしい。

 複々線の高架を快走する展望室では流れ来る景色を楽しむ人がいた。左線路をゆく各停を静かに抜かしていく。社宅のある喜多見駅を過ぎ祖師谷大蔵を通過中、運転席の生田は減速をした。その先の高架から一気に地下へと潜る感じが、みなとみらいのコスモワールドにあるジェットコースターのようだと仲間に表現した。その地下にある成城学園前駅は、高級住宅地のセレブの街だ。よって改装された駅も洒落たライティングである。それに比べ、厚木駅なんかどうでもいいような廃墟を思わせる駅だと思う。停車駅の多いCパターンの「はこね号」は向ヶ丘遊園まで20分、更に15分程して町田に停車した。沿線には大学が多く、学生利用が多いのも小田急の特徴でもある。相模川を渡る手前に見えてきたのが厚木駅である。コンクリートがはげ、鉄柱の錆びたホームからは、人が落ちそうなくらい狭さを感じる。生田は次の本厚木に入る急行を待つため相模川の鉄橋で時速を20km/hまで落とした。空間は快適でも、飛ばさない特急としてイラツク乗客もいた。スピードを上げると直ぐに前をゆく列車に追いつき飛ばせないのだ。しかしここからは違う。一新して田園風景に変わり右手には丹沢の山が大きく見えてくる。稲刈りも終わった10月のあぜ道にはワンシーズンを終えた農婦の姿があったり、かかしがポツリと涼しげに見えたりする。閉塞信号が青の続くこの区間で、生田は最高速度の110km/hを出し続けた。
渋沢から新松田の間にはトンネルや‘しじゅうはっせ川’を跨ぐ橋が続く。更に東名高速が高い位置を跨ぐ。そして新松田に停車。その後、相模湾へ流れ込む酒匂川を渡り南に方向を向けひた走る。

「車内販売って思ったより大変でしょ?」喫茶室に戻ったみゆきはひかるに言った。
「みゆきさん素早いですよ!私、初めなんで疲れちゃいました」
「ひかるちゃん正直ね~」みゆきのその言葉をどう受け止めたらよいのか?ただ笑って誤魔化すひかるだった。そう言いながらもみゆきは素早くマイクを取ると車内放送を入れた。
「ただいまを持ちまして、車内販売を終了致します。尚、喫茶室に於きましての販売は、終点箱根湯本まで致します。どうぞご利用下さい」
そして車掌からも小田原到着の放送が入った。教育係を任されたみゆきが、ひかるに言った。
「今までやった様にホームに降りてお客さんにご挨拶して来れるかな?」
「はい行って来ます」ひかるは元気に答えた。
小田原に着き、ひかるはドアの前で乗り降りする客に声を掛けていった。

 小田原ではしばらく停車。生田はホームに降りて深呼吸をした。そして3号車前まで行き、ちらりと喫茶室を覗いた。みすずと目が合うとさりげなくお互いが会釈をした。生田は再び運転室に登るとマスコンキーを差し、発車前のブレーキ圧の確認をした。ホームには「シュー」というシリンダーの音が鳴り響いた。近年の車輌では、高速から掛ける制動では回生ブレーキなどの電気ブレーキが使われ、30km/h以下で圧力ブレーキに切り替わる仕組みだ。電気ブレーキはモーターの回転数を落とし、そこで発生した電力を架線に返す機能を持つ。わかり易く言えば車で言うエンジンブレーキだろう。小田原を定刻で出発。運転席の左手にはJR東海道線の線路と小田原城が見える。やがて右に逸れた小田急の線路は、急な上り坂へと入っていく。高い位置から見える線路は小さく、ちゃんとレールに乗って走っているのかと新米の時には思った。そして空を見て運転してる感覚がとても怖かったものだ。しかし慣れとは凄いもので、信号や標識、場内確認など見落とすことはなかった。そもそもハンドルを握ると運転士は、周りの景色にも目をくれないほど前方に集中するものだ。それは車の運転にも言えよう。小田原から湯本の区間では登山電車の乗り入れがあるため、線路幅の違う登山鉄道用に線路が1本山側に加わる。そして早川の渓流を逆目に低速で走る。小田原からは単線のため、列車は二箇所で対向車と交換をした。生田は1番線侵入を確認し低速のまま湯本のホームへと惰性走行した。最後の20mでブレーキを入れ、停止板が自分の肩と並行するように列車を止めた。乗務完了!ブレーキを非常に入れキーを抜く。小田原まで先に出る急行に乗せてもらいしばしの休息に入る。次の乗務は小田原発新宿行きの「さがみ号」だった。


-後 編-

 ひかるがロマンスカーアテンダントになってひと月が過ぎた。走行中の車内を歩き回るのにも慣れてきた。11月のからっとした陽気の中、ひかるは車内放送のマイクを取っていた。
「ひかるちゃん、お上手~」みゆきが手を叩きながら言った。
「先輩に見習いました」ひかるは答えた。
「じゃぁ私は江ノ島方面に参りまーす」みゆきはそう言うと一人、カーゴを押し後ろの車へと消えていった。今回のロマンスカーは30000系のEXE(エクセ)と言い、前寄り6両が「さがみ号」、後ろ寄り4両が「えのしま号」の併結運用だった。町田で切り離すまでは両者は貫通され、行き来出来る様になっている。ひかるは「さがみ号」の往復に班長みすずと乗る事になっている。復路で町田に着いた時、再びみゆきと墜ち合う具合だ。

 小田原終点の「さがみ号」から降りたひかるは、控え室で昼食を摂ると差し入れで貰った『ロマンスカーサブレ』を口にしてみた。卵の味のする香ばしいクッキーと言ったところだろうか。そして最近お気に入りの豆乳を飲みながら綺麗になるぞ!と磨きをかける。そのタイミングで外食から戻ってきた伊勢原みすずが言った。
「今晩の飲み会にね、蛍田さんの事がいいって言ってる男性が来るんだけど、是非来て頂戴ね!」
「私のことをですか?」ひかるは驚きを見せ、期待もした。
「そう、新宿駅の駅員さん。よく改札で話掛けてくる人いるでしょ?」
「愛甲(あいこう)さんですか?」
「そうそう。良かったら仲良くしてあげて欲しいな」
彼に頼まれたのだろうか?ひかるは一気にブルーに落ちた。早い話タイプじゃないからだ。みすずの彼氏だという生田に比べるとするのなら、魅力の欠片さえ感じなかった。ひかるはみすずに侮辱された気がした。最近みすずの彼氏である生田と二人きりになった事があった。彼からその時の話を聞いてヤキモチでも妬いたのだろうか?こういうとき女の直感は鋭く当たるものだ。それは折り返しの時の話だった・・・
回送車になり、留置線に入ったロマンスカーの客室シートをひかるは見回っていた。先頭車にいると生田運転士が展望運転台から降りてきた。何か話そうと迷い、出た言葉が、
「あの~運転室覗いてみてもいいですか?」だった。生田は言った。
「見たい?いま誰も見てないからちょっと上がってみるかい?」
「はい」ひかる答え、ハシゴを登り小さな部屋に入ると運転席に座ってみた。新型VSE車の囲まれたコクピットに感動してしまった。生田に手を取られると、その手はマスコンハンドルに乗せられた。
「凄いです!でも、前が全然見えませんよ」
「君の座高じゃ目の前がメーターの様だね。俺も低い位置で運転する方なんだけど」生田は笑いながら言った。
それにしても笑顔がとってもステキで、話すと気さくな兄ちゃんだなぁとひかるは思った。それまでは制服姿の似合う、整然としたイメージしか持っていなかったからだった。
「蛍田さんて言うの?」
「はい」
「蛍田ってこの沿線にもあるんだよね~」
「そんな生田さんこそ・・・」
ひかるはその時、彼の年令は幾つかしら?とか、食べ物は何が好きなんだろう?とか知りたいくらいトキメキを感じていた。そのとき生田は、ひかるの胸の名札を見つめる様に見ていた。年上好きのひかるの頬はちょっぴり赤く染まった。それは珍しい事だった。

 結局ひかるはこの日の飲み会をドタキャンした。人混みに流され新宿駅のスタバに入る。クリスマスまでに恋人が欲しかったひかるにとって、新しい職場でも縁がないのだろうと思うと淋しかった。自分は叶わない恋をしている。このままじゃ生田さんのストーカーになってしまうだけだ。大勢いる乗務員の中で彼と同じ行路になる確率は、一日で言うとどのくらいだろう?ひと月で2回それがあった。ロマンスカー運転資格を持つ乗務員は半分強というからそれくらいが妥当な確率なのだろうか!? ひかるは貰ったばかりの給料を引き出すと、その足でちょっと高めの服を買ってしまった。ストレスの発散のひとつだった。それはちょっぴり大人を感じる、秋色のジャケットに秋色のスカートだった。

 その日はVSEの愛称で親しまれる50000系ロマンスカーの乗務だった。それはアテンダントにとって一番人気のシフトだった。新宿発13:40の「スーパーはこね27号」に仲の良い双子の友達が乗り込む予定だった。スーパーの付いた「はこね号」は、新宿を出ると小田原までノンストップである。他のロマンスカーと違う点は、普通の車内販売はせず、VSE限定の‘シートサービス’と呼ばれる販売を行う。発車して間もなく、乗客一人一人にメニューを見せながら注文を受け、カフェに戻り飲み物などお作りして席まで運ぶ。その後は車内を歩き、注文があればお受けするというシステムだ。他と違う点がもう一点、発車間近の運転室から、運転士が自己紹介をする。「いい旅を~とか、安全運転に徹します」とか言う文句を添える。今回のその放送も生田運転士ではなかった。
ロマンスカーは走り出した。ひかるはシート毎にメニューを見せながら車内を回っていくと、先頭車展望席に双子姉妹のえりとえみの姿を見つけた。
「ステキな職場ね!」通路側にいた姉のえりが前方を流れる景色を見ながら言った。
「お腹空かして来たんだよ~」と妹のえみが言うと、二人は同時にサンドウィッチを指差した。
「それとプレミアムコーヒーとを2セットね」とえりが言った。
「毎度ありがとうございます。ただいまお持ちしますのでお待ち下さい」ひかるが丁重に言うと双子は顔を見合わせ笑った。前の晩ひかるに電話を掛けて来た二人は、箱根仙石原にある温泉で一泊するんだと言っていた。
VSEの洗練されたデザインの良さは2006年ブルーリボン賞を受賞しただけあり、ドーム型の天井は従来のロマンスカーより45cm高い2.55mである。照明は蛍光灯とLED式を併用。広く明るい空間が演出されている。ひかるには高さがある分か横幅が狭く思えた。

 仕事帰りみゆきに誘われ、西新宿のエドモントホテルのレストランで食事をした。
「ひかるちゃんに話しとこうと思って」ゴージャスな雰囲気の中、みゆきが切り出した。
「話ですか?・・・何ですか?」ひかるは身を乗り出した。
「実は私、今月一杯で結婚退職するの。彼のいる宮城の塩釜に行くから」
「そんな~・・・残念です」みゆきに慕っていたひかるは落胆した。
「班長は前から知ってるけどね」班長とはみすずの事だ。みゆきは続けた。
「そのみすずさんの事なんだけど・・・私ね、やっぱ許せないなって」
「仕事がですか?」
「生田さんの事」
「生田さんの?」
「彼女、隠してるけど結婚してんだよ。彼にも言ってないみたいだし。彼はその気になってて気の毒だなぁって思うの。私ね、生田さんにそのこと話そうかと思って・・」
「そうでしたか」ひかるは色んな意味でショックを受けた。そしてこの晩寝付けなくなり、交換したみゆきのアドレスにメールを送った。
[その役わたしにやらせてください。
・・・実はわたし、生田さんのことが好きなんです]

 翌朝の通勤中、みゆきから連絡が入った。「わかった。任せるよ」という返答だった。事情を知ったひかるは、ぎこちない職場を感じた。いつもの様に班長みすずは、仕事のできる女っぷりを感じさせながら皆に指示を出していた。仕事の面では抜けがないし女としても美人で品がある。しかし許せない!ひかるは思った。この日は町田で分割されるEXE乗務とあって、ひかるはみゆきに連れられ後ろ4両江ノ島行き「えのしま号」に乗った。対してみすずは、他の二人のアテンダントと共に前より6両の小田原行き「さがみ号」に乗った。10:04分に江ノ島に着くと、折り返しまで1時間近くフリーとなる。その間、少し早い昼休憩とした。片瀬商店街にある、みゆき行き付け日本そば屋である作戦を練った。
「私、実は彼のアドレス知ってるの」みゆきが言った。彼とは生田の事だ。ひかるは黙ったままみゆきの話を聞いていた。みゆきはポケットからメモの切り端を差し出した。
「これがそうよ」
「わたし彼と話したことあるんでメールしてみます」ひかるはメモを受け取りながら言った。
「うん、それでもいいかな」みゆきはあっさりと言った。
「みゆきさん、やっぱり・・・」と、ひかるは言ってから、
「みゆきさんから新宿に呼び出して貰えませんか?わたしじゃ役不足な気がして・・・」やはりひかるには役が重過ぎたのだ。
「私も来た方がいい?」
「それは・・・」
「じゃあこうしよう!3人で逢って真相話してから私がお膳立てして二人をロマンスカーに乗せる。そこでひかるちゃんが告白するの。このシナリオどう?」
「・・・ロマンスカーで告白ですか?そんな、わたし言い出せないかも・・・」
「勝負しないと!でも彼にも気があると思うの。だって、生田さん運転室入らせてくれたんでしょ?」
「それは関係ないと思いますけど・・・」ひかるは正直な気持ちを殺しながら答えた。
「バレたら処分ものよ。それなのにね~もったいない」みゆきも妬いているのだろうか?
「じゃあそういうシナリオでお願いします!」慌ててひかるは言った。
「でもロマンスカーでデートじゃアテンダントとか車掌とかにバレないかしら?」みゆきは言った。
「やっぱロマンスカーじゃ無理ですね」ひかるはがっかりした。

 その10日後、ひかる達はオフの合った生田と、参宮橋駅前にあるパスタの店で食事をする事に成功した。ひかるは大人っぽい生田に合うよう買ったばかりの秋色の上下を着て来た。生田は革ジャンにジーンズだった。彼は28歳という年令以上に渋い感じがする。三人は丸いテーブルを囲んでいた。私服の生田は気さくだった。
「この店、黒川くんのお父さんの店なのですよ」生田は面白可笑しく言った。話を聞いていくうちに黒川くんとは生田の旧友だと判った。
「ねっ、生田さんて面白い方でしょ?」みゆきが笑った。
「はい。面白いです!」ひかるは納得しながら答えた。
「生田さん、私と同じ学年なんだよ」みゆきが言った。
「タメなんだよね。そういやみゆきさん、ご結婚おめでとう!俺も早く結婚したいもんだ」生田はみゆきの顔を見てそう言った。
「ありがとう。生田さん美味しそう!」みゆきの席からは運んで来る料理が見えていた。『何でこの二人こんなに仲いいんだろ?それなら私が居なくてもあの話できるじゃん!』ひかるは内心そう思った。
食べ終わる頃、生田と顔馴染みのマスターは食後のデザートをサービスしてくれた。それを口にしながらみゆきが切り出した。
「生田さん、みすずさんの事なんだけど・・・」
「先日別れたよ」生田はきっぱり言った。
「それ本当?」
「俺彼女に騙されたんだ。だから別れた」
「騙された?」
「彼女結婚してたんだよ。この事誰にも言わないであげて欲しい」
「実はその事私も知ってて・・・生田さんに伝えた方がいいと思って今日・・・」みゆきが生田に言った。ひかるは大人しく二人の会話を聞いているだけだった。その時みゆきの視線がひかるに向いた。みゆきは言った。
「でね、うちのひかるちゃん彼氏なしよ!良かったら仲良くして欲しいの」
ひかるは生田に澄んだ瞳で見つめられた。ひかるは俯いてしまった。
「初めまして!生田です。よろしく」彼はわざとらしく言う。それでもひかるには嬉しかった。
「こちらこそ」ひかるの顔が自然に明るくなった。

 みゆきのフォローもそこまでで、ひかるは生田と二人きりになった。
「みゆきさんいい人だね。ねぇ、君はこれからどうするの?」生田は言った。
「予定ないですよ」
「そっか。ならデートしようか?」生田は気さくに言う。
「いいですけど・・・」ひかるは緊張が解けずよそよそしく答えた。
「しかしどこ行こうかな?」生田は革ジャンのポッケに手を入れ少し寒そうにしている。
「あの~生田さん、これから湯本行きません?温泉なんかいいと思います。ロマンスカーで」
「そういゃ遊びで乗ることないなぁ~。いいよ!」

 新宿駅に着いた二人はロマンスカー時刻表を見た。どうせならVSEにしようと言う彼にひかるも賛成した。しかし出たばかりで、次に出発するまでの二時間以上をどう過ごすのかをひかるは期待した。券売機で「はこね41号」の指定券を二枚手に入れた生田は、ひかるにボーリングでいい?と聞いてきた。ひかるはボーリングが下手くそでも嫌だとは思わなかった。単純に彼の事が好きだからだ。京王線に乗って約5分、‘笹塚ボール’でいっ時を過ごした。彼も上手いとは言えなかった。お陰で彼に親近感を持ったのだった。気付くと彼に手を握られ走っていた。新宿に戻った二人は、発車間際の列車に飛び込んだ。と同時に扉が閉まった。
「駆け込み乗車は困るんだよ」車掌も経験したという生田は苦笑いして言った。
「ごめんなさい、わたしが遅くて」
息を切らしたひかるは、彼の腕に凭れた。走る事になるとは・・選んできた靴がローヒールで良かったと思う。それはあまり高くない彼の身長を考えてきたからだった。因みにひかるは163cmだった。ちょっとした女の子の気遣いである。幸い「はこね41号」のアテンダントは、町田事業部らしくひかるとは顔馴染みのないグループだった。一方、車掌は生田と同じ喜多見電車区所属の同僚で、生田はひかるとは昔からの友人だと誤魔化していた。夕方に出る下りロマンスカーでの男女の乗車と言うと、やはり恋人同士に見せられるのであろうか。
「ごめんなさい」ひかるは謝ると同時に生田とは恋人でない事を再確認してしまった。
「いいよ。俺達、傍から見れば可笑しな関係だからね」
「可笑しい・・・」
ひかるは彼から突き放された気がした。甘いムードが一転して離れていく。窓際のひかるは、連続窓に広がるオレンジ色の空を見ていた。遠くのビルの狭間、戯れる鳥の群れを見つけた。ラッシュ時間であるためスロー走行が結え、それらはいつまでも視界から消えなかった。
「何を見てるの?」生田は言った。
「湯本着いたらどうします?」ひかるは頬を膨らませて言った。元気を失くしたひかるを察したのか、生田はひかるの手を掴んだ。
「温泉寄って帰るか」
「生田さん明日は仕事ですよね?」
「仕事だよ」そう言ったあと彼も暫く黙り込んでしまった。

VSEは新松田の駅の手前で一時停止した。静かな車内、微かな踏み切りの音が聞こえていた。通路を通るアテンダントに生田はプレミアムコーヒーを二つ注文した。すると列車は再起動した。
「俺は明日この「はこね41号」を運転するんだ。このままの気持ちじゃ辛いな・・・」
生田のその言葉はひかるの胸中をジーンとさせた。その瞬間ロマンスカーは黄昏の田園をラストスパートしていった。
「好き。生田さんのことが・・・とても」

[次回もロマンスカーVSEをお選びくださる様、心よりお待ちしております。
本日はご乗車ありがとうございました]


   -完-
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

| 恋愛小説 | 12:17 | トラックバック:2コメント:6
コメント
こちらでは初めまして。
まだ全部の小説は読んでいないのですが
恋がしなくなるようなお話でした^^
ちょこちょこ来て他の小説も読みたいと思います。
楽しみにしてます♪
2006.10.22 Sun 18:54 | URL | 卯紀
卯紀さんはじめまして!
お~嬉しいなぁ。。ちょこちょこ来て下さいな^^
取り敢えず前作は右から選んで読めるので☆
よろしくです。
2006.10.22 Sun 19:02 | URL | POPSTAR
黄昏のロマンスカー読ませていただきました。いつも若い女の子の微妙な心理の揺れを書かれてる上に今回小田急線全線に乗車されて経験された結果がよく小説に現れていて素晴らしい作品に出来上がっています。私なんか本当に20歳代の女の子の経験がないので30歳台なら少しはわかる状態です。生田運転士のダイアのスケジュールとか運転中のブレーキの使い方とかひかるのアテンダントの役割とか相模大野で分割する車両にアテンダントが移動するとか、まさにPOPSTARさんは小田急電鉄に勤務されたのですかとお聞きするくらいにリアルに描かれています。
ひかるがちょっとコミックを見るようなとても可愛らしそうに描かれて運転士の生田に近づいていくくだりがよく描かれていて僕がもし小田急乗務員だったらひかるに恋したくなるようなそんな気持ちを感じさせるほどの緻密な描写がされていてさすがだと思いました。本当にありがとうございました。
2006.11.17 Fri 21:01 | URL | ヒロクン
ヒロクンさんへ
 この作品は自信があったので、ヒロさんには是非読んで貰いたいと思ってました。そしてコミック調の女の子という意図をズバリ読んで頂いて感謝です!
 実は自分、鉄道整備士(協力会社)で小田急に入ってました。1年といなかったのですが、江ノ電の305形とか錆び磨いたり、最初は定検でバラした車内の掃除、内装班に移り小田急5000系の改造したり、浜工へ新幹線作りに行ったり。。辞めなければ良かったなぁ~と珍しく後悔してます。後にTV制作も経験したのでなんとも言えませんが・・・
 今後ともよろしくお願いします。
2006.11.17 Fri 21:16 | URL | POPSTAR
再び読ませていただきました。「ええと、私的には名前が生田・蛍田・善行とか小田急線各駅から持ってきてえ、物語を展開させるなんて洒落てて、超格好よくてもう最高というかもういい感じすぎまあす」と今風ならばこういう賛辞です。
ブレーキ、回生ブレーキとかその使用法とかアテンダントの接客サービスとか実に精細に描かれていて鉄道好きの友達に読んでもらいたいです。
2006.11.18 Sat 16:07 | URL | ヒロクン
ヒロクンさんへ
今風の言葉笑えましたです。
ありがとうございます。これ、結構一般人に読ませてるのですが、恋愛の方に視点がいってるようです。それでもいいのですが・・・苦笑
良かったら「磐梯山の恋人」と共にオススメしてください。
2006.11.18 Sat 21:40 | URL | POPSTAR
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