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黄昏のロマンスカー
 物語中の業務に於いて作法等食い違う部分は、ストーリー性を出すための仮想部分としてください。また、物語のユーモア性を出すため、人名には小田急電鉄の駅名を使っております。その一貫短編ではありますが、前編ではロマンスカーの旅を中心に、後編では職場に於ける恋愛感情を中心に描いてみようと思いました。臨場感を出すため私も取材を兼ね、新宿から箱根湯本まで乗ってきました。

☆どうぞロマンスカーの旅を満喫してください☆

 
-前 編-

 二十歳を迎えた蛍田(ほたるだ)ひかるはフリーターだった。演技の勉強をし、オーディションを受け続けるがタレント事務所にも受からず、最近になって二年間続いたCDショップの店員も辞めた。私設劇団の主役も務めた傍ら思うのだが・・・「私の演技は捨てたもんじゃないんだけどな」そんな事を呟きながら近所の公園で佇んでいた。実家に同居する親の手前、小さくなりながらただ来る日を過ごしていた。そんなだらけた心境の中、呆然と求人誌を捲ってみた。中ほどまできたとき、【ロマンスカーアテンダント若干名募集!小田急ロマンスカーでの車内販売など】の記事に目が留まった。ひかるは列車の旅が好きなのだ。早速小田急サービス人事部に問い合わせてみた。夕方から新宿駅構内に隣接する事務所へと面接に出た。趣味の欄に注目した面接担当者は、芝居してんだ?と訊いたあと、「鉄道好きでうちへ来る女性は珍しいよ」と言っていた。ひかるは「鉄道を利用した旅です」と否定したが、特急名やら形式やらに興味を持ち案外詳しいのだった。結果は「即、研修期間を経てお願いしたい!」という形で決まった。B型だからと言う訳ではないが、気分屋でおだてに乗りやすいひかるは、そのあとルンルン気分でコメディー映画を鑑賞し帰った。早速‘仲良し三人組’のえりとえみにメールで、[今度ロマンスカーに逢いに来てね~]と送った。その返事は二人とも[そうだ、箱根へ行こう!] だった。 [こら~一緒に居るな!!] ひかるは二人に同報で返信した。それもそのはず、二人は双子なのだ。

 その日ひかるは早起きをし、いつもより丹念な化粧をするとうちを出ていった。早番で、朝六時に集合という事で荻窪を五時に出る中央線に乗り込んだ。荻窪を出ると電車は高架を走る。久しぶりに見た開けた視界は、清々しい秋空だった。進行方向右手に高層ビルが近付くとそこはもう新宿だ。

 喜多見電車区の生田(いくた)は社宅から出勤した。乗務30分前が出社時間となる。この日の行路は、7時前の各停で新宿まで行き、新宿始発「特急はこね」号で箱根湯本まで、休憩のあと折り返し「特急さがみ」を運転、昼から準急本厚木行きに乗り、新百合丘から各停で唐木田往復、他の運転士の乗る便で喜多見まで戻ってきて夕方の4時には上がる。仕業カードを読み合わせたあと乗務へと出発した。待避線には急行と準急の通過を待つクリーム色に青帯の電車が止まっていた。椅子を倒しブレーキハンドルを差し込む。やがて信号が赤から黄色に変わるとGOが掛かった。生田は信号に向かい指差呼称をしてから、通勤客で乗車率の多い電車を走らせた。初めのひと駅で車輌の癖を掴みブレーキの利きを把握する。加速は加重構わずセンサーにより一定なのだが、減速は条件により利きが違う。例えば雨振りのラッシュ時には、同じ地点で強い制動を掛けても停止位置をオーバーランしてしまう。この対処によりラッシュ時は後続に影響し、あとあとまで連鎖反応を起こしてしまう。生田も今年になって2~3回、バックをして止め直すというミスを起こした。

 ラッシュで混みあう小田急新宿駅だが、ロマンスカー専用ホームは幾らかの余裕を感じる。そこにはお弁当や飲み物お摘みを満載した台車を引く女性の姿があった。紺色の制服に大人を感じさせるデザインのスカーフ。ロマンスカーアテンダントになったひかると先輩四人だった。このクルーの班長 伊勢原みすずから、秦野みゆきに付くよう指示された。朝のうち、その車両に対して商品の補充をしておく。弁当に関しては午後からの補充もある。みすず、みゆき、ひかるは前方1号車から6号車まで、あとの二人は7号車から11号車まで受け持つ事となった。ひかるが研修ということで一人プラスとなる訳だ。班は決まっていても、当日受け持つ車種により列車の長さや人員配置が違う。待つこと5分。二つ目のライトが暗いホームの先から見えてきた。海老名車両基地より回送されてきたのはLSEと呼ばれる7000形だった。まさにひかるが抱くイメージである赤いロマンスカーだった。喫茶室は3号車と7号車で、ひかると先輩二人は3号車の半分を占める喫茶室へと荷物を積み込んだ。車内は案外狭いんだなぁとひかるは思った。日本車輌でリニューアルされた車内は、国鉄時代のL特急車輌に似て平べったい。また、連接車と呼ばれ台車が二つの車両にまたがり繋いでいるこのタイプのロマンスカーは、最小カーブを曲がる関係上ひとつの車両が11メートルに設計された(一般車両は20M)。以前、ひかるは前の彼氏を誘って江ノ島まで乗ったことがある。静かで横揺れがなく、ぐんぐん加速してもスピードを感じさせなかった。それから、双子と旅に出る際にはプランの窓口として重宝された。
と、そのときひかるは階段を上がってくる二人の駅員を見掛けた。
「お疲れ様です!」みゆきはその駅員に言った。
「おはよう!」小太りの彼の方が答えた。
カバンを提げているところを見ると乗務員だろうか?ひかるは間違えないと思った。
「あの方は?」ひかるは先輩のみゆきに尋ねた。
「車掌さんの善行さん、この前一緒に飲んだのよ!面白い人なの」
「そうですか」そう言いつつひかるはもうひとりの男性の方が気になった。人目惚れ!? いや、そんなんじゃないんだけど・・・心の中で否定した。その人は反対側に歩いていった。
「あっ、あの運転手の人、確か・・・そっ、みすずさんの彼氏だわ」みゆきが言った。ひかるはがっかりした。しかし、すぐに風に消されたものほど想いは募らない。丁度車内から出てきた班長みすずが、彼の後ろ姿を目で追いながら言った。
「さてと、準備終えたから私はカウンターで留守番するよ」
「お願いします」みゆきが答えた。みすずはみゆきから台車を受け取っていった。
「アテンダントの仕事のひとつなんだけど・・駅ではドアの前に立ってお客さんを迎えます。それから仕事中はサービスの一貫として品良くしましょう」みゆきが立ち位置に着きながら上品に言ってみせた。その時ドアが開いた。平日だからであろう。乗ってくる客はサラリーマンの姿ばかりだとひかるは思った。
「おはようございます。特急券を拝見させて貰います!」みゆきは最初の乗客に言った。

 先頭展望車二階部分には運転室がある。痩身の生田には問題ないのだが、客室からはしごに上り、マンホールの様な天井を開けそこを抜けるのが苦手な人もいた。それにこのタイプの運転席は空間が狭く、脚を前に伸ばし座らなくてはならない。車で言う右足アクセルの位置には警笛スイッチがあり、左足はライトの上下切り替えスイッチがある。天井は低く、まるでレーシングカーだ(筆者が実際運転席に座った上での感想です)。それでも生田にとってこの展望カーは好きな空間だった。発車ベルが鳴り止み、懐中時計の針が定刻を廻ると生田はマスコンハンドル(マスターコントロール)をカチカチと手前にふたつ引いた。このハンドルから手を放すとブレーキが掛かるというデッド機能がある。運転士が倒れても電車は自動的に止まるという装置だ。勿論、目視信号の条件により減速出来なかった場合に於いては、強い常用ブレーキ(対して非常ブレーキ)が掛かる仕組みとなっている。この車輌は右手操作のワンハンドルマスコンで、真ん中から手前に引くと力行(加速)。真ん中から置くに倒すとブレーキが強くなる仕組みだ。その指令はモーターのある車輌、床下制御装置へと電子回路で伝わる。低速で右に急カーブ(R=小さい)しながら、ポイントで地階ホームからの線路と合流する。南新宿の駅を通過。アナウンスはドア閉め担当車掌から、車内販売の女性の声に変わった。「はこね号」は代々木上原を通過していた。
「車内販売からのお知らせです。只今より、この車内に於きまして、お飲み物やお弁当、お摘みの車内販売を開始致します。アテンダントが皆さんのお近くを通りましたら、どうぞご利用くださいませ。また、3号車、7号車に於きまして、喫茶室がございます。暖かいコーヒーにサンドウィッチなどの軽食、お土産まで取り揃えております。併せてご利用くださいませ。車内販売からのお知らせでした」
「秦野さんステキでした。私には緊張して放送なんか無理っぽいです」ひかるは言った。
「初めはそうよ。でもひかるちゃん、これから販売しに行くのよ?それっぽくセリフ言える様にならないとね」
「それは平気だと思います。私、お芝居してましたから」ひかるは明るく言ってみせた。
「なら大丈夫ね」みゆきは頼もしそうに言った。
「みゆきさん?お釣りの渡し方とかあるんですか?」
「そうね~決まりじゃないんだけど、やっぱ大きい方からお返しして!」
「はい!私、変わってるから小銭から渡しそうでした」ひかるがそう言うと、カウンターの中のみすずが笑った。
「面白い子ね~来週の善行さんとの飲み会、ひかるちゃんも来なさいよ!」年長のみすずが言った。
「あの~善行さんだけ?ですか?」みゆきはみすずをからかった。
「何が言いたいのかな?」みすずの表情は軽蔑しつつも、みゆきとは仲良しそうだった。
コーヒーやサンドウィッチなど積んだカートを押すみゆきのあとを、ひかるは付いていった。最初が肝心だという。小田原手前のアナウンスで販売終了になるのだが。そう、誰しも降りる寸前には買わないからだ。
「折り返しの列車から空いてくるはずだから、少しずつやってもらいましょう」みゆきは言った。みゆきの話に聞くと全車指定のロマンスカーの平日は、朝夕が満席、日中は空席が多いという。逆に土日祭日には乗客は分散し、座席にも余裕があるらしい。

 複々線の高架を快走する展望室では流れ来る景色を楽しむ人がいた。左線路をゆく各停を静かに抜かしていく。社宅のある喜多見駅を過ぎ祖師谷大蔵を通過中、運転席の生田は減速をした。その先の高架から一気に地下へと潜る感じが、みなとみらいのコスモワールドにあるジェットコースターのようだと仲間に表現した。その地下にある成城学園前駅は、高級住宅地のセレブの街だ。よって改装された駅も洒落たライティングである。それに比べ、厚木駅なんかどうでもいいような廃墟を思わせる駅だと思う。停車駅の多いCパターンの「はこね号」は向ヶ丘遊園まで20分、更に15分程して町田に停車した。沿線には大学が多く、学生利用が多いのも小田急の特徴でもある。相模川を渡る手前に見えてきたのが厚木駅である。コンクリートがはげ、鉄柱の錆びたホームからは、人が落ちそうなくらい狭さを感じる。生田は次の本厚木に入る急行を待つため相模川の鉄橋で時速を20km/hまで落とした。空間は快適でも、飛ばさない特急としてイラツク乗客もいた。スピードを上げると直ぐに前をゆく列車に追いつき飛ばせないのだ。しかしここからは違う。一新して田園風景に変わり右手には丹沢の山が大きく見えてくる。稲刈りも終わった10月のあぜ道にはワンシーズンを終えた農婦の姿があったり、かかしがポツリと涼しげに見えたりする。閉塞信号が青の続くこの区間で、生田は最高速度の110km/hを出し続けた。
渋沢から新松田の間にはトンネルや‘しじゅうはっせ川’を跨ぐ橋が続く。更に東名高速が高い位置を跨ぐ。そして新松田に停車。その後、相模湾へ流れ込む酒匂川を渡り南に方向を向けひた走る。

「車内販売って思ったより大変でしょ?」喫茶室に戻ったみゆきはひかるに言った。
「みゆきさん素早いですよ!私、初めなんで疲れちゃいました」
「ひかるちゃん正直ね~」みゆきのその言葉をどう受け止めたらよいのか?ただ笑って誤魔化すひかるだった。そう言いながらもみゆきは素早くマイクを取ると車内放送を入れた。
「ただいまを持ちまして、車内販売を終了致します。尚、喫茶室に於きましての販売は、終点箱根湯本まで致します。どうぞご利用下さい」
そして車掌からも小田原到着の放送が入った。教育係を任されたみゆきが、ひかるに言った。
「今までやった様にホームに降りてお客さんにご挨拶して来れるかな?」
「はい行って来ます」ひかるは元気に答えた。
小田原に着き、ひかるはドアの前で乗り降りする客に声を掛けていった。

 小田原ではしばらく停車。生田はホームに降りて深呼吸をした。そして3号車前まで行き、ちらりと喫茶室を覗いた。みすずと目が合うとさりげなくお互いが会釈をした。生田は再び運転室に登るとマスコンキーを差し、発車前のブレーキ圧の確認をした。ホームには「シュー」というシリンダーの音が鳴り響いた。近年の車輌では、高速から掛ける制動では回生ブレーキなどの電気ブレーキが使われ、30km/h以下で圧力ブレーキに切り替わる仕組みだ。電気ブレーキはモーターの回転数を落とし、そこで発生した電力を架線に返す機能を持つ。わかり易く言えば車で言うエンジンブレーキだろう。小田原を定刻で出発。運転席の左手にはJR東海道線の線路と小田原城が見える。やがて右に逸れた小田急の線路は、急な上り坂へと入っていく。高い位置から見える線路は小さく、ちゃんとレールに乗って走っているのかと新米の時には思った。そして空を見て運転してる感覚がとても怖かったものだ。しかし慣れとは凄いもので、信号や標識、場内確認など見落とすことはなかった。そもそもハンドルを握ると運転士は、周りの景色にも目をくれないほど前方に集中するものだ。それは車の運転にも言えよう。小田原から湯本の区間では登山電車の乗り入れがあるため、線路幅の違う登山鉄道用に線路が1本山側に加わる。そして早川の渓流を逆目に低速で走る。小田原からは単線のため、列車は二箇所で対向車と交換をした。生田は1番線侵入を確認し低速のまま湯本のホームへと惰性走行した。最後の20mでブレーキを入れ、停止板が自分の肩と並行するように列車を止めた。乗務完了!ブレーキを非常に入れキーを抜く。小田原まで先に出る急行に乗せてもらいしばしの休息に入る。次の乗務は小田原発新宿行きの「さがみ号」だった。


-後 編-

 ひかるがロマンスカーアテンダントになってひと月が過ぎた。走行中の車内を歩き回るのにも慣れてきた。11月のからっとした陽気の中、ひかるは車内放送のマイクを取っていた。
「ひかるちゃん、お上手~」みゆきが手を叩きながら言った。
「先輩に見習いました」ひかるは答えた。
「じゃぁ私は江ノ島方面に参りまーす」みゆきはそう言うと一人、カーゴを押し後ろの車へと消えていった。今回のロマンスカーは30000系のEXE(エクセ)と言い、前寄り6両が「さがみ号」、後ろ寄り4両が「えのしま号」の併結運用だった。町田で切り離すまでは両者は貫通され、行き来出来る様になっている。ひかるは「さがみ号」の往復に班長みすずと乗る事になっている。復路で町田に着いた時、再びみゆきと墜ち合う具合だ。

 小田原終点の「さがみ号」から降りたひかるは、控え室で昼食を摂ると差し入れで貰った『ロマンスカーサブレ』を口にしてみた。卵の味のする香ばしいクッキーと言ったところだろうか。そして最近お気に入りの豆乳を飲みながら綺麗になるぞ!と磨きをかける。そのタイミングで外食から戻ってきた伊勢原みすずが言った。
「今晩の飲み会にね、蛍田さんの事がいいって言ってる男性が来るんだけど、是非来て頂戴ね!」
「私のことをですか?」ひかるは驚きを見せ、期待もした。
「そう、新宿駅の駅員さん。よく改札で話掛けてくる人いるでしょ?」
「愛甲(あいこう)さんですか?」
「そうそう。良かったら仲良くしてあげて欲しいな」
彼に頼まれたのだろうか?ひかるは一気にブルーに落ちた。早い話タイプじゃないからだ。みすずの彼氏だという生田に比べるとするのなら、魅力の欠片さえ感じなかった。ひかるはみすずに侮辱された気がした。最近みすずの彼氏である生田と二人きりになった事があった。彼からその時の話を聞いてヤキモチでも妬いたのだろうか?こういうとき女の直感は鋭く当たるものだ。それは折り返しの時の話だった・・・
回送車になり、留置線に入ったロマンスカーの客室シートをひかるは見回っていた。先頭車にいると生田運転士が展望運転台から降りてきた。何か話そうと迷い、出た言葉が、
「あの~運転室覗いてみてもいいですか?」だった。生田は言った。
「見たい?いま誰も見てないからちょっと上がってみるかい?」
「はい」ひかる答え、ハシゴを登り小さな部屋に入ると運転席に座ってみた。新型VSE車の囲まれたコクピットに感動してしまった。生田に手を取られると、その手はマスコンハンドルに乗せられた。
「凄いです!でも、前が全然見えませんよ」
「君の座高じゃ目の前がメーターの様だね。俺も低い位置で運転する方なんだけど」生田は笑いながら言った。
それにしても笑顔がとってもステキで、話すと気さくな兄ちゃんだなぁとひかるは思った。それまでは制服姿の似合う、整然としたイメージしか持っていなかったからだった。
「蛍田さんて言うの?」
「はい」
「蛍田ってこの沿線にもあるんだよね~」
「そんな生田さんこそ・・・」
ひかるはその時、彼の年令は幾つかしら?とか、食べ物は何が好きなんだろう?とか知りたいくらいトキメキを感じていた。そのとき生田は、ひかるの胸の名札を見つめる様に見ていた。年上好きのひかるの頬はちょっぴり赤く染まった。それは珍しい事だった。

 結局ひかるはこの日の飲み会をドタキャンした。人混みに流され新宿駅のスタバに入る。クリスマスまでに恋人が欲しかったひかるにとって、新しい職場でも縁がないのだろうと思うと淋しかった。自分は叶わない恋をしている。このままじゃ生田さんのストーカーになってしまうだけだ。大勢いる乗務員の中で彼と同じ行路になる確率は、一日で言うとどのくらいだろう?ひと月で2回それがあった。ロマンスカー運転資格を持つ乗務員は半分強というからそれくらいが妥当な確率なのだろうか!? ひかるは貰ったばかりの給料を引き出すと、その足でちょっと高めの服を買ってしまった。ストレスの発散のひとつだった。それはちょっぴり大人を感じる、秋色のジャケットに秋色のスカートだった。

 その日はVSEの愛称で親しまれる50000系ロマンスカーの乗務だった。それはアテンダントにとって一番人気のシフトだった。新宿発13:40の「スーパーはこね27号」に仲の良い双子の友達が乗り込む予定だった。スーパーの付いた「はこね号」は、新宿を出ると小田原までノンストップである。他のロマンスカーと違う点は、普通の車内販売はせず、VSE限定の‘シートサービス’と呼ばれる販売を行う。発車して間もなく、乗客一人一人にメニューを見せながら注文を受け、カフェに戻り飲み物などお作りして席まで運ぶ。その後は車内を歩き、注文があればお受けするというシステムだ。他と違う点がもう一点、発車間近の運転室から、運転士が自己紹介をする。「いい旅を~とか、安全運転に徹します」とか言う文句を添える。今回のその放送も生田運転士ではなかった。
ロマンスカーは走り出した。ひかるはシート毎にメニューを見せながら車内を回っていくと、先頭車展望席に双子姉妹のえりとえみの姿を見つけた。
「ステキな職場ね!」通路側にいた姉のえりが前方を流れる景色を見ながら言った。
「お腹空かして来たんだよ~」と妹のえみが言うと、二人は同時にサンドウィッチを指差した。
「それとプレミアムコーヒーとを2セットね」とえりが言った。
「毎度ありがとうございます。ただいまお持ちしますのでお待ち下さい」ひかるが丁重に言うと双子は顔を見合わせ笑った。前の晩ひかるに電話を掛けて来た二人は、箱根仙石原にある温泉で一泊するんだと言っていた。
VSEの洗練されたデザインの良さは2006年ブルーリボン賞を受賞しただけあり、ドーム型の天井は従来のロマンスカーより45cm高い2.55mである。照明は蛍光灯とLED式を併用。広く明るい空間が演出されている。ひかるには高さがある分か横幅が狭く思えた。

 仕事帰りみゆきに誘われ、西新宿のエドモントホテルのレストランで食事をした。
「ひかるちゃんに話しとこうと思って」ゴージャスな雰囲気の中、みゆきが切り出した。
「話ですか?・・・何ですか?」ひかるは身を乗り出した。
「実は私、今月一杯で結婚退職するの。彼のいる宮城の塩釜に行くから」
「そんな~・・・残念です」みゆきに慕っていたひかるは落胆した。
「班長は前から知ってるけどね」班長とはみすずの事だ。みゆきは続けた。
「そのみすずさんの事なんだけど・・・私ね、やっぱ許せないなって」
「仕事がですか?」
「生田さんの事」
「生田さんの?」
「彼女、隠してるけど結婚してんだよ。彼にも言ってないみたいだし。彼はその気になってて気の毒だなぁって思うの。私ね、生田さんにそのこと話そうかと思って・・」
「そうでしたか」ひかるは色んな意味でショックを受けた。そしてこの晩寝付けなくなり、交換したみゆきのアドレスにメールを送った。
[その役わたしにやらせてください。
・・・実はわたし、生田さんのことが好きなんです]

 翌朝の通勤中、みゆきから連絡が入った。「わかった。任せるよ」という返答だった。事情を知ったひかるは、ぎこちない職場を感じた。いつもの様に班長みすずは、仕事のできる女っぷりを感じさせながら皆に指示を出していた。仕事の面では抜けがないし女としても美人で品がある。しかし許せない!ひかるは思った。この日は町田で分割されるEXE乗務とあって、ひかるはみゆきに連れられ後ろ4両江ノ島行き「えのしま号」に乗った。対してみすずは、他の二人のアテンダントと共に前より6両の小田原行き「さがみ号」に乗った。10:04分に江ノ島に着くと、折り返しまで1時間近くフリーとなる。その間、少し早い昼休憩とした。片瀬商店街にある、みゆき行き付け日本そば屋である作戦を練った。
「私、実は彼のアドレス知ってるの」みゆきが言った。彼とは生田の事だ。ひかるは黙ったままみゆきの話を聞いていた。みゆきはポケットからメモの切り端を差し出した。
「これがそうよ」
「わたし彼と話したことあるんでメールしてみます」ひかるはメモを受け取りながら言った。
「うん、それでもいいかな」みゆきはあっさりと言った。
「みゆきさん、やっぱり・・・」と、ひかるは言ってから、
「みゆきさんから新宿に呼び出して貰えませんか?わたしじゃ役不足な気がして・・・」やはりひかるには役が重過ぎたのだ。
「私も来た方がいい?」
「それは・・・」
「じゃあこうしよう!3人で逢って真相話してから私がお膳立てして二人をロマンスカーに乗せる。そこでひかるちゃんが告白するの。このシナリオどう?」
「・・・ロマンスカーで告白ですか?そんな、わたし言い出せないかも・・・」
「勝負しないと!でも彼にも気があると思うの。だって、生田さん運転室入らせてくれたんでしょ?」
「それは関係ないと思いますけど・・・」ひかるは正直な気持ちを殺しながら答えた。
「バレたら処分ものよ。それなのにね~もったいない」みゆきも妬いているのだろうか?
「じゃあそういうシナリオでお願いします!」慌ててひかるは言った。
「でもロマンスカーでデートじゃアテンダントとか車掌とかにバレないかしら?」みゆきは言った。
「やっぱロマンスカーじゃ無理ですね」ひかるはがっかりした。

 その10日後、ひかる達はオフの合った生田と、参宮橋駅前にあるパスタの店で食事をする事に成功した。ひかるは大人っぽい生田に合うよう買ったばかりの秋色の上下を着て来た。生田は革ジャンにジーンズだった。彼は28歳という年令以上に渋い感じがする。三人は丸いテーブルを囲んでいた。私服の生田は気さくだった。
「この店、黒川くんのお父さんの店なのですよ」生田は面白可笑しく言った。話を聞いていくうちに黒川くんとは生田の旧友だと判った。
「ねっ、生田さんて面白い方でしょ?」みゆきが笑った。
「はい。面白いです!」ひかるは納得しながら答えた。
「生田さん、私と同じ学年なんだよ」みゆきが言った。
「タメなんだよね。そういやみゆきさん、ご結婚おめでとう!俺も早く結婚したいもんだ」生田はみゆきの顔を見てそう言った。
「ありがとう。生田さん美味しそう!」みゆきの席からは運んで来る料理が見えていた。『何でこの二人こんなに仲いいんだろ?それなら私が居なくてもあの話できるじゃん!』ひかるは内心そう思った。
食べ終わる頃、生田と顔馴染みのマスターは食後のデザートをサービスしてくれた。それを口にしながらみゆきが切り出した。
「生田さん、みすずさんの事なんだけど・・・」
「先日別れたよ」生田はきっぱり言った。
「それ本当?」
「俺彼女に騙されたんだ。だから別れた」
「騙された?」
「彼女結婚してたんだよ。この事誰にも言わないであげて欲しい」
「実はその事私も知ってて・・・生田さんに伝えた方がいいと思って今日・・・」みゆきが生田に言った。ひかるは大人しく二人の会話を聞いているだけだった。その時みゆきの視線がひかるに向いた。みゆきは言った。
「でね、うちのひかるちゃん彼氏なしよ!良かったら仲良くして欲しいの」
ひかるは生田に澄んだ瞳で見つめられた。ひかるは俯いてしまった。
「初めまして!生田です。よろしく」彼はわざとらしく言う。それでもひかるには嬉しかった。
「こちらこそ」ひかるの顔が自然に明るくなった。

 みゆきのフォローもそこまでで、ひかるは生田と二人きりになった。
「みゆきさんいい人だね。ねぇ、君はこれからどうするの?」生田は言った。
「予定ないですよ」
「そっか。ならデートしようか?」生田は気さくに言う。
「いいですけど・・・」ひかるは緊張が解けずよそよそしく答えた。
「しかしどこ行こうかな?」生田は革ジャンのポッケに手を入れ少し寒そうにしている。
「あの~生田さん、これから湯本行きません?温泉なんかいいと思います。ロマンスカーで」
「そういゃ遊びで乗ることないなぁ~。いいよ!」

 新宿駅に着いた二人はロマンスカー時刻表を見た。どうせならVSEにしようと言う彼にひかるも賛成した。しかし出たばかりで、次に出発するまでの二時間以上をどう過ごすのかをひかるは期待した。券売機で「はこね41号」の指定券を二枚手に入れた生田は、ひかるにボーリングでいい?と聞いてきた。ひかるはボーリングが下手くそでも嫌だとは思わなかった。単純に彼の事が好きだからだ。京王線に乗って約5分、‘笹塚ボール’でいっ時を過ごした。彼も上手いとは言えなかった。お陰で彼に親近感を持ったのだった。気付くと彼に手を握られ走っていた。新宿に戻った二人は、発車間際の列車に飛び込んだ。と同時に扉が閉まった。
「駆け込み乗車は困るんだよ」車掌も経験したという生田は苦笑いして言った。
「ごめんなさい、わたしが遅くて」
息を切らしたひかるは、彼の腕に凭れた。走る事になるとは・・選んできた靴がローヒールで良かったと思う。それはあまり高くない彼の身長を考えてきたからだった。因みにひかるは163cmだった。ちょっとした女の子の気遣いである。幸い「はこね41号」のアテンダントは、町田事業部らしくひかるとは顔馴染みのないグループだった。一方、車掌は生田と同じ喜多見電車区所属の同僚で、生田はひかるとは昔からの友人だと誤魔化していた。夕方に出る下りロマンスカーでの男女の乗車と言うと、やはり恋人同士に見せられるのであろうか。
「ごめんなさい」ひかるは謝ると同時に生田とは恋人でない事を再確認してしまった。
「いいよ。俺達、傍から見れば可笑しな関係だからね」
「可笑しい・・・」
ひかるは彼から突き放された気がした。甘いムードが一転して離れていく。窓際のひかるは、連続窓に広がるオレンジ色の空を見ていた。遠くのビルの狭間、戯れる鳥の群れを見つけた。ラッシュ時間であるためスロー走行が結え、それらはいつまでも視界から消えなかった。
「何を見てるの?」生田は言った。
「湯本着いたらどうします?」ひかるは頬を膨らませて言った。元気を失くしたひかるを察したのか、生田はひかるの手を掴んだ。
「温泉寄って帰るか」
「生田さん明日は仕事ですよね?」
「仕事だよ」そう言ったあと彼も暫く黙り込んでしまった。

VSEは新松田の駅の手前で一時停止した。静かな車内、微かな踏み切りの音が聞こえていた。通路を通るアテンダントに生田はプレミアムコーヒーを二つ注文した。すると列車は再起動した。
「俺は明日この「はこね41号」を運転するんだ。このままの気持ちじゃ辛いな・・・」
生田のその言葉はひかるの胸中をジーンとさせた。その瞬間ロマンスカーは黄昏の田園をラストスパートしていった。
「好き。生田さんのことが・・・とても」

[次回もロマンスカーVSEをお選びくださる様、心よりお待ちしております。
本日はご乗車ありがとうございました]


   -完-
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

| 恋愛小説 | 12:17 | トラックバック:2コメント:6
切なさはバラードのように・・・。
 シーツを捲き無邪気な目で僕を誘惑する君が、あの日あの時この場所にいた。僕たちは逢うたびに求め合い愛し合った。そして脱力し気を失った君は、カーテンから伸びる淡い光に溶けながら眠り続けた。それは恥じることのない休日の安らぎであった。

「ずっとこうして抱いていたい それ以外いらないよ」
愛する人に言った正直な僕の気持ち。

コンポから流れていた愉快なメロディーは永遠の二人の曲だったはずなのに。切ないバラードにも泣けた君の優しさだって僕は知っている。
記念日を大切にする君。僕が「思い出たくさん作ろう」と言ったとき、君は「思い出じゃ終わっちゃうでしょ!?」と言った。「二人の歴史を作ろうね」と言い直す君は僕よりも賢かった。

「女は気持ちで感じるの。あなたと居るといつも感じちゃう」
「それ、○○がHなだけじゃないのか?」
「Hな子じゃ嫌?」真剣な眼差しで問う君。
僕はキスでその口を塞いだ。

 精一杯の気持ちで相手をいかせることが最高の思いやりだと僕は思った。か弱い女の心は、僕のような繊細な男に愛されることで満たされた。それは自分も同じで、愛されないと女なんて抱けないし好きでないと美人でも触れることを拒むだろう。自分を理解して欲しいと思うなら相手を理解しなくてはならない。結果、相手の気持ちをも許す切掛けにもなる。君とこうして向かい合えたことは長い人生の中でも容易いことではないと思う。価値観の問題もあるが、人は自分の経験したことのないことには疎く、理解すらできないと僕は思う。例え傷つけ傷ついたとしても、続けることが困難だとしても、経験は糧になるはずだと話した。勿論、仲良くいられる程いいことはないんだ。

 僕は自慢じゃないけど、涙を流した数が多い。泣かせたことも泣かされたことも。それは悲しさだけじゃない。感動と共感で流した涙も含む。そして君と最後に流した涙は、二人を大きくさせる涙だと僕は信じたい。
| 恋愛小説 | 13:40 | トラックバック:0コメント:4
新作 / 黄昏のロマンスカー(予告編)
ロマンスカーアテンダントとして働き出した主人公ひかるは、先輩アテンダントみすずの彼氏である生田を好きになってしまう。彼は小田急電車の運転士だった。みすずの秘密を知ったひかるは、同僚みゆきと共に思い切った行動に出る。そんな人間模様をロマンスカーを舞台に描いてみました。前編ではロマンスカーの旅を、後編では人間模様を中心に描いています。

・・・あなたも黄昏のロマンスカーで愛を告白しませんか?

*今回リアルな発見をしたく新宿発箱根湯本行き新型ロマンスカーVSEに乗り取材してきました。登場人物は小田急の駅名から取ってます。
ユニークな発想を試みた新作。ご期待あれ!

テーマ:予告 - ジャンル:小説・文学

| 恋愛小説 | 15:14 | トラックバック:0コメント:0
禁断の青写真
♪音楽の演出としまして、右バー下より「トロイメライ」を選択願います。数分で終わります。あとは音楽なしで読んで貰えればと思います。by POPSTAR

禁断の青写真


 (序 章)
 僕はその春、母と手をつなぎ小学校の門を潜った。母は優しい目で、「こうちゃんは頭がいいんだから、将来はお医者さんになるのかな?」と、いつも僕に何かを訴えかけていた。その春、母が突然病死した。爽やかな陽気の中、僕の心の中には強い孤独感が走った。無口な子供は、無口なまま成長していった。母は自分の病気を僕に隠していたのだ。大きくなって僕が思ったことは、若くして母は死にたくなかったということだ。最期に愛しい息子に愛情のすべてを注いだと言っても過言ではないであろう。父は今の僕から言わせると駄目な男だった。僕は高校の時、母の言葉を思い出し医者になろうと決意した。ただ、入学するには多大な額を納めなくてはならなく断念した。それに僕の野望なんか理解していない父の傍から離れ、小さな会社に就職するとひとり暮らしを始めた。後妻は死んだ母と比べると冷たく、僕は嫌ってさえもいた。

 1

 僕は実家を離れ違う町で暮らしていた。
「K子、もうすぐ高校卒業だね。すっかり大人になったな」
「やっとお兄ちゃんと結婚できる」色気付いたK子は上目遣いでそう言った。
「結婚は無理だよ」僕は実の妹K子にそう言いながらも、その手は肩を抱いていた。
「こうちゃん誰にも渡さないからね!」
「そのうちいい男見つけて幸せになるかもよ?」言葉と裏腹な僕は、K子のシャツを捲り柔らかな乳房に触れていた。K子のセミロングの髪からはいつもシャンプーの香りが漂っていた。K子は目を閉じキスをせがんだ。そして兄貴の僕に抱かれ声を漏らす。物語はこの時点から半年ほど遡る。

 実の妹とは言え幸いにも血はつながっていなかった。母の死から何年か経ち、父が連れてきた僕の嫌いな未亡人は子連れだった。その子供は僕より2つ下の女の子だった。小3の時、小学生になったばかりのK子を始めて見た。ぼくは幼心ではあるが、その子に共通項を感じていた。毎日同じ部屋で寝泊りしているのが不思議なくらい恥じり合い、それは僕たちの初恋だったかも知れない。K子とはA型同士らしく、いつも境界線を引いていた。それは中学になってからも同じで、親たちから見れば僕らが普通の兄妹に見え、先々疑う余地もなかったのかも知れない。ところが成長するにつれ、二人には特別な気持ちが芽生えていたのだった。K子は母親とは似ていなかった。たぶん離婚したという父親似なのだろう。性格は傷つき易く乙女だ。美人できつい彼女の母親とは逆だった。K子は兄の僕を、優しくて格好いいと言う。それはK子に対してだけであり、外では偏屈で冷たい人間だった。モテるとかモテない以前に愛嬌をも殺していた。そんな僕がクラスメイトから初めてもらったバレンタインは高2の冬だった。僕がこの相手と付き合い出してから、K子は僕に対し口を利かなくなった。毎年、K子は僕にチョコをくれていた理由がこのとき解った。大きくなるにつれ、K子は妹と思うようになっていたが、妹にとっては違かったのだろう。実家を出てひとり暮らしを始めた頃、僕は交際していた彼女にフラレた。胸が張り裂けそうな思いを不意に妹に打ち明けたのだった。久しぶりに見る高校生のK子はほのかな化粧をして可愛くなっていた。そのとき僕は妹を自分のアパートに呼び、一緒にゲームをして遊んだ。それまではしゃいでいたK子は帰り際シリアスになって、
「お兄ちゃんに話しておきたいことあるの」と、言った。
「何だい?」僕はK子と向かい合った形で返事をした。
「わたしも付き合ってた人と別れたよ。だからたまにこうして逢いに来てもいい?」
「そっか、K子にも彼氏いたんだね・・別に構わないよ」僕は笑って答えると、K子は僕の胸に頬を寄せた。僕は思わずK子の肩をギュッと抱きしめていた。この期を境に、妹K子への気持ちが深まっていく。それは、忘却の彼方、K子を始めて見たとき抱いた初恋のように・・・季節はまさしく初夏だった。

 彼女は学校帰り僕の部屋に寄るようになった。
「最近、綺麗になったじゃん」
「ほんと?ありがとう・・・お兄ちゃんに恋してるから」
「馬鹿なこと言うなよ!」そう言う僕は正直ドキドキしていた。
クーラーのない部屋は暑くて、その日はゲームをする雰囲気でもなく二人してボーッとTVを観ていた。脚を抱えたK子が右側に寄り添うようにいた。制服のスカートから白い太股がちらりと見えていた。兄貴としてその気まずい情況に耐え切れず立ち上がった。
「スイカ食べない?」
「スイーカ(suika)?わたし持ってるよ!なーんてそれはJRだよ~ぉ」と冗談返すような子だったらこんな雰囲気にはならないのだろう。K子の返事は、「食べる」の一言だ。そんなK子と食べるスイカは美味しかった。
「昔よく食べたよな!?」僕は言う。
「うん」と、K子は肯づいた。
「ねぇお兄ちゃん、私のお母さん嫌いでしょ?」突然K子は訊いた。
「えっ?・・・ごめん」僕は不意に謝った。
「母はお兄ちゃんのこと「嫌いにさせてたらごめんね」って謝ってたよ」
「そうか。僕も最近悪かったと思ってるよ。死んだ母のことがいつも頭にあったから。好きだった・・・」
「うん、そのこと言ってもいい?」
「K子に任せるよ。それと、」
「それと?」
「ここに来てること誰にも言うなよ!」
「うん、言ってないから安心して!・・・シャワーしてきていい?」
K子のブラウスは暑さから汗ばんでいた。
「いいよ!あっ、Tシャツ出して置いとくから着ろよ」
「うん」
スイカを食べてから、再び僕はK子を妹として見ていた。すると狭い部屋、浴室から水の弾ける音が聞こえてきた。ボックスからTシャツを出すと更衣スペースにそれを置きにいく。籠の中には、制服の上に折りたたんだ下着もあった。そして細い裸体がぼんやりと見えた。普通は?と聞かれても分からないのだが、僕らは小さな頃から一緒にお風呂に入ったことのない兄妹だった。だから他の異性に対するものと同じ感覚で興味を持つのも不思議ではない。いけね~!我に返り、僕はやりかけていた部屋の片付けを続けた。そのあと僕もシャワーを浴びて汗を流した。戻ってくるとK子はベッドで眠っていた。ちょっと前まで可愛くないと思っていた妹の顔は昔の面影を残しつつ、今見ると女の子らしくキュートな顔をしていた。僕は添い寝をしその寝顔を見つめていた。むしょうに僕は、その唇にキスをしたくなった。K子はまるで気付いていたかの様に目を開けた。
「横にいるだけだよ」僕の弁解は既に責任を持たない言葉としか言いようがないだろう。唇と唇が重なりあった。そして僕はK子の身体を強く抱きしめていた。唇が離れたときK子は照れながら言った。
「わたしのキス、おにいちゃんが初めて」
彼氏がいたことも嘘だったのか?そんなことはどうでも良かった。理性を失った二人の気持ちはぐんぐんと加速していった。

 2

 K子を抱いたあと僕は言った。
「お兄ちゃんの恋人になってくれるか?」
「いいの?それって禁断の恋人?」
「それでもいいのなら・・・」
「仕方ないもんね。こうちゃんて呼んでもいっ?」
「何だよ、こうちゃんて!・・・呼んでもいいけど」
「うん」
‘こうちゃん’とは実の母からしか呼ばれたことのなかった呼び名だった。祖父からも祖母からも言われたことがない。と言うよりそういう人たちに会ったことすらない。それには深い理由がある。

 父の生まれた村では、ダム建設に対する派閥があったそうだ。賛成派の父の家は開拓議員と所縁(ゆかり)があり、反対派の母の父親は保守団体のリーダーをしていた。父は母に恋をし、人目を避け村の外れで逢っていた。争いの嫌いな母は父の駈け落ちに便乗した。田舎を捨てた父と母はあてもなく都会へと出てきた。坊ちゃん育ちの父は仕事するどころか遊び回る始末。母に苦労を掛けた上、病気になる母。その治療をもままならなかった。田舎の親に頭を下げていたのなら、母だって死ぬこともなかったのだろう。この事は最近会いにきた父の妹から聞いた。もしかしたらK子は母の生まれ変わりだろうか?そんな訳はない。そうでなくても母のくれたプレゼントなのかも知れない。兄妹であって血のつながらない他人でもあるのだ。しかし、親に反対されたら同じような人生になるであろう。いまの父親にとって、自分の取った行動が正しい道であったのか?あるいは後悔しているのか?賛否はそれに尽きるかも知れないが。いずれにせよ、二人のことは生涯言えないと思う。それに僕は知っていた。父が中学になるK子にセクハラをした事実を・・・妹が母親に助けを求めたことでそれ以来ないと言う。そのとき僕は泣いている妹を問い詰め、話を聞き出した。僕は返す言葉も見つからずしばらく考えてしまった。そして妹に言葉を掛けた。
「仕方ないよ。もし自分の子ならそんなことしないだろうけど。K子はかわいいし」
「・・・かわいい?」妹は泣くことをやめた。
「だからもう泣くなって」僕はそう言いながら妹の髪を撫でた。
「抱っこして欲しい。お兄ちゃんだって本当のお兄ちゃんじゃないから出来るでしょ?」
「出来ないよ、そんなこと・・・」
「バカな妹でごめんなさい」
妹の言うことはおかしくはないのだ。ただ僕は臆病で、妹の人生を壊す様なことは出来なかった。その代わりに、僕はブタの貯金箱を割ってK子を遊園地へと連れて行った。

 高校生の僕は高校受験の妹に勉強を教えていた記憶がある。晩の6時、TVもニュースに変わると、僕は教師気取りでK子の部屋に行った。
「お兄ちゃん凄い。全問正解!」
「これくらい出来ないと医者になれないさ」
甘党の僕は、ポッキーを加え自慢げに言った。
「K子は何になりたい?」
「えーと。お兄ちゃんの彼女!」
「反抗期によくそんなこと言えるな~」
「お兄ちゃんには特別だもん」妹はそう言うと僕の手に触れた。
「クラスにいい奴いないのか?」焦って僕はそう訊いた。
「うん・・・高校受かったらデートして?」
「じゃあ頑張らないとな!」
「うん」
「そしたら旅行でも行くか!」
「賛成!!」
 晴れてK子は県立高校に合格。しかし僕には彼女ができ、それは実現できなかった。

 そして今、愛を交わしたK子といる。
「あの時はごめんな」
「あの時って?」
「旅行いけなくて・・・」
「こうちゃん、彼女できて楽しそうだったよ」
「なぁ、もうすぐ夏休みだろ?車で旅に出ないか?」
「うん、行こっ!」
「うちの会社、夏休み申告制なんだ。だから八月の頭にしようと思う」
「うん」

 3

 八月一日から四日間、僕らはレンタカーを借り旅に出ることにした。首都圏しか走ったことのない僕は、地図を広げ行きたい場所にマーカーを入れると、そこまで至る国道を蛍光ペンでなぞってみた。
「住んでいる関東から西へ向かい名古屋へ行こう。そっから北陸、富山に向かわない?」僕は言う。
「うん。北陸の温泉とか泊まりたいね!」
「泊まるとこは予算がないから・・・初日は車で我慢できないか?」
「うん、仕方ないねっ」
「この日は日帰り温泉寄ればいいし」
「黒部ダムいいらしいよ!?」
「ダム?・・・わかった。寄ろう」ダムという言葉は、僕の胸に引っ掛かったのだが・・・
「~新潟から最後は南に下って戻ってくる」その時、地図で聞き覚えのある市町村を見つけた。それは両親の故郷だった。『この村を見てみたい』僕は決めた。この事はK子にはまだ言わなかった。

 旅立つ前日に台風が通過して行った。そんな雨上がりの夕暮れ、僕は母の小さなお墓に手を合わせた。K子は安売り店で‘おやつ’や飲み物などを仕入れていた。親達には友達と旅行へ行くと嘘を付かせていた。旅立ちの朝は快晴で、既に猛暑の予感がする。
「時間掛かるけど我慢してくれ」僕は言った。
「うん。こうちゃんも疲れたら休んでね」‘うん’から始まるK子の返事はいつもと変わらない。昼時に浜松を通過した僕等は、浜名湖のレストハウスでK子の作ったおにぎりを口にした。それから走り出し、名古屋に着いたのが夕方であった。
「名古屋に着いても寄るとこないね」K子は言った。
「記念に名古屋城行こうか?」
「うん」
金のシャチホコで有名な名古屋城に寄り、‘きしめん’を食べたあと、再び走り出した。日帰り温泉も見つからず、結局レイクサイドのラブホテルに入ることにした。琵琶湖の東岸だった。疲れからか会話もなくしんみりとした夜になった。それでもK子の裸体を目の前にすると、僕は愛しくもその身体を抱いた。
 朝になって日本海に出た。敦賀から東尋坊に寄り、福井の街でランチを食べた。この夜も行き当たりばったり。富山新港の民宿で一夜を過ごした。
「こうちゃん眠れないよ」隣で寝ているK子が言った。僕はエアコンを切って窓を開けた。湊の上には大きな空が広がっていた。
「一緒に旅行できて楽しいね」K子は小声で言った。
「幸せだな」僕もそう言った。
「ずっとこうしていようね」K子は言う。
暫く会話もなく二人は寝床から空を見ていた。僕は思い付いたように言った。
「ごめん、黒部ダム寄る時間ないかも」
「うん。いいよ」
「その代わり水族館に連れて行ってあげよう」
「・・・イルカいるかしら?」
「イルカもね」
「おやすみ」K子は僕におやすみのキスをして目を閉じた。
 翌朝、日本海を左手に見ながら一気に新潟まで向かった。K子が持ってきたMDを何度聴いただろうか?運転に飽きた頃、僕は国道の端に車を止めリアに積んであったギターを取り出した。K子は驚いた。
「こうちゃん、ギター始めたんだぁ」
「うん。父さんみたいだろ!?」僕はK子の様な返事をし、少し照れながらギターを掻き鳴らした。その音色は夏なのに乾いていて、青い海に流されていく。僕はK子も知ってる‘I for you’を歌った。
閉館間近で新潟水族館に滑り込んだ。二人でお目当てのイルカを探した。イルカ発見!K子は悠々と泳ぐ大きなイルカに釘付けだ。まるで小さな子供の様なK子がそこにはいた。僕は持ってきたバカチョンで写真を撮ってあげた。陽の沈む頃、越後平野からある山間の道へと入って行った。助手席のK子に「今晩は車で寝るよ」と告げるが、車での旅ももう3日目、疲れきったK子は既に眠っていた。看板で目的地に来た事を確認したあと、僕は車を止め眠りに就いた。
 目を覚ますとそこには棚田が連なっていた。時計を見ると午前七時を廻っている。清々しい緑のなか車の窓を開け渓流沿いの道を進んでみた。やがてダムの標識を目にした。
「そうか。ダム、出来たんだ」独り言のように呟いた。
「ダム?行ってみたい!」K子が言う。
「でもな、そのダム作ったせいで住民が減ったんだろうな。町から村に格下げされたからね」
「へ~。ここに来たの、もしかして黒部ダムの代わり?」K子は目を丸くして訊いた。
「父さんと死んだ母さんの故郷なんだ」僕は言った。
「故郷!?・・・あっ、ちょっと止まって!」
K子は珍しく大きな声を出した。そして車から降りていった。川で顔でも洗うのかと思ったが、近くの民家に入っていく。僕は慌てて車を降りるとその後を追った。
「どうした?」K子に追いついた僕は言った。
「このおうち見覚えある」と、K子はハッキリ言った。そして更に路地を辿って行った。そこにはお屋敷があった。
「誰も住んでいないようだな~」僕は不気味な気配を感じ引き返そうとした。振り返った先にはダムらしきものが木々の合間から見え隠れしている。
「ここ私が住んでいた家だよ!絶対そう!」
「え?」僕は驚いた。
「ただ似ているだけじゃないのか?」
「それにあそこ、工事していて危ないから入っちゃいけないって言われたもん」あそことはダムの事だろうか? K子がこの村と関係あるとするのならいったい僕達はどんな関係なんだ!?・・・
僕は携帯を取り出した。密かに叔母の電話番号を携帯に登録してきていた。叔母は家を捨てた父に代わり養子を貰い、祖父母と共に村周辺の土建業を糧にしているという。ここに来たのは父には内緒であるのだが。僕は叔母に会って訊きたいことが出来てしまった。
三十分後、たぶんここであろう郵便ポストのある公民館の前に車を止め待っていた。しばらくして空色の軽トラックがやって来て目の前でターンして止まった。叔母だった。僕等はその後を付いていった。すぐに本家に着いた。そこは思っていた家屋とは違い綺麗な一戸建てだった。道沿いには別棟で店舗券事務所の建て屋がある。僕は店舗横にある販売機で缶ジュースを一本買うと、それをK子に渡し言った。
「なるべく早く戻るから車に乗っててくれないか?」
「わかった。車で待ってる」
僕はエンジンを入れエアコンを付けたまま外に出た。しかしよそ者気分なのはK子だけではない。そんな僕は緊張しながら案内されたうちへと入っていった。田舎のうちとは思えない近代的な造りの家だった。居間に入った。そこには白髪頭のお爺さんと身体の小さなお婆さんがいた。父の両親であろう。お爺さんには壮健で頑固なイメージを抱いていたのだが、予想に反しそこに居た老人は紳士的で聡明な風貌であった。
「慎一郎の長男です」と、叔母は老夫婦に言った。
「よく来たね~車かい?」お婆さんの方がにこやかに言った。
「はい。あっ、孝治と言います」僕は頭を下げ自分の名前を言った。それまで無表情だったお爺さんは目を細め、
「そうか慎一の子か。大きいんだね」と、微笑みながら言った
「父がご迷惑掛け、すいませんでした」僕はそう言うと頭を深く下げた。
「まぁ仕方のないことだ。返ってあんたのお母さんには悪かったと思うよ。私は反対してはいないが、あちらさんが反対してたからなぁ。私は孫に会えて嬉しい」お爺さんは自分の言いたい事を言うと再び黙り込んだ。キッチンに行った叔母がメロンと麦茶を持ってきた。
「妹さんも」叔母は僕の顔を見て促す様にそう言った。
「K子も来てるのか?」お爺さんは言った。僕は馴れ馴れしくK子と呼ぶ事に驚いた。
「知ってるんですか?この村に居たような記憶あるとは言ってましたけど・・・」
「何も話してないのかね?」お爺さんは叔母に言った。
「教えてください」僕は言った。するとお婆さんが口を開け言った。
「あんたのお母さんの子供なんだよ」お婆さんはあくまでにこやかだ。しかし寝惚けた様な事を言っている。僕はその言葉を鵜呑みにせず言った。
「でも妹には母親がいますよ?」
すると叔母が口を挟んだ。
「お婆さん勘違いしてるんだから・・・孝治さんのお母さんの妹さんの子になるのかな」
「と、言うことは今の母さんは僕の母の妹にあたるという事ですか?それじゃ父とも?」
「そうよ。妹の方も昔から兄のこと思っていたみたいよ・・・あいつは若い頃モテたしね~まったく」父の妹である叔母はそうぼやいた。
僕には返す言葉がなかった。何となく事の全貌が見えてきたが、K子が自分より二年後に生まれている現実は母が死別する前の話しであり、確実に父が妻の妹と浮気をしたという話になるであろう。もしかしたら父を巡って姉妹で闘争していたのかも知れない。とすると、母の妹である今の母親から、僕に冷たい印象を抱かせた事情にも納得がつくのだ。死んだ母の顔ははっきりとは覚えていないが、写真を見比べるとこの二人は似ていたのだ。それに以前からK子のどんぐり目が父と似ている事に疑問を感じていた。無念にも父とも母とも血縁関係がありとなった。名ばかりで血の繋がらない妹だと信じていたのが過ちだとは・・・心境は複雑だった。
「兄貴、本当の事を話すと言っていたけど・・・」叔母は言った。
「孝治くん、K子呼んできなさい」お爺さんは言った。僕は考えてから言った。
「お爺ちゃん、彼女まだ何も知らないんで本当の事は言わないでください」
「わかったよ」お爺さんの返事は気さくだった。
僕は車からK子を連れてきて彼等に会わせると、K子は「おじちゃん?」と言った。何という記憶だ。事情の知らないその孫は、祖父母と楽しそうに話していた。
またひとつ疑問が涌いてきた。K子がこの村に居た時、母方の祖父母と一緒に居た記憶があるのだろうか?帰りの車でK子に訊いたのだが「亡くなった」という。何故だろう?あの誰も住んでいないお屋敷を見た限り、事故かなんかで亡くなったのでは?という解釈でしかないのだ。そして後日電話で叔母に尋ねたところその勘はほぼ的中していた。事の真相をすぐにK子に話す事が出来なかったのは、明かされた現実を認めたくない気持ち、即ち恋人に持つ愛情を解消する勇気がなかったからだ。しかし、この時点から少しずつ僕はK子を妹として見る様になっていく。
 (4節へ続く)

 追伸小説~哀しみのラブ・ソング

 新潟山間部にある村と呼ぶに等しい鉄道の通らない小さな町、その地で建設業を営む両親の長男として慎一郎は生まれた。小さな頃から都会に憧れ、やんちゃではなく穏やかなロマンシストであった。美男子だった慎一郎は、中学に入り美少女の紘子(ひろこ)に恋をする。クラスはひとつしかなく、二人は三年間一緒だった。休み時間もただひとり読書をしていた慎一郎に、紘子が本を借りた日から二人の気持ちは接近する。帰る様になった。周囲の冷やかしなどは紘子の器量で免れた。紘子は生徒会長を名乗り出て、僅か全生徒数50人ばかりではあるが学校をまとめていたからだ。面倒見のよい姉の紘子は妹も連れ、よく慎一郎と三人でハイキングに出掛けた。妹美佳子(みかこ)とは年子で、彼女も彼に想いを寄せ始めた。慎一郎は妹美佳子にも優しくした。坊ちゃん育ちの慎一郎は、貧乏な二人におやつを持ってきてあげた。そしてギターを弾き、二人に自分の曲を披露した。ただ、こうして逢う事は三人の秘密だった。理由は次の説で述べよう。その頃は綺麗な話である・・・
 年頃の鋭利な妹の胸中は、自分も慎一郎が好きと自覚すると姉に対し見方が変わってゆく。それは高校に進学した慎一郎と紘子は隣町の高校へと通うのだが、中学生の美佳子は彼らに深く嫉妬心を抱いた。姉妹はダム建設反対派の家に育つのだが、賛成派である家の慎一郎との交際を親に話す事で二人を別れさせる事を考えた。美佳子から交際の話を聞いた父親は紘子に激怒した。二人は別れた振りをし、学校帰り町の境にある秘密の場所で逢う。そんな日が三年ばかり続いた。優等生だった二人は進学を諦め、高校を卒業した暁二人で町を出ようと誓い合った。
 そして卒業の春、慎一郎の提案した駈け落ちに紘子は賛同した。町ではダムの着工が始まる。自由を手にした二人はすぐに結婚した。反し、都会での生活は厳しいものだった。二人は闇雲に働いた。特に紘子は二人のため定職のウェイトレスが終わると当時流行っていた内職をもこなした。小さな時分心臓が弱いと言われていた紘子は、時々痛む胸を押さえた。ここに来て自分の限界を知る事になる。その努力で生活は安定していた。そんな慎一郎は音楽家の夢を思い出した様に仕事も休みがちになる。ライブハウスに浸ってはそこで出来た友達と飲み歩いたりしていた。ライブに参加しては人気を取り、そんな生活に自惚れてしまったのだ。そのとき紘子のお腹には子供が宿っていた。やがて生まれくる男の子は孝治と名付けられた。母親となった紘子だが、夫に愛を感じなくなった紘子の愛情は孝治へと向けられた。紘子は思う。自分は欲しかった子供を手にした。だから愛する慎一郎にも夢を見させてあげたいという気持ちがあった。不幸な事はもっと大きなもので、両親への反省とたったひとりの妹の心だった。ある晩秋、打撃的な不幸が起きた。
 紘子は妹の美佳子から両親が心中したという事実を知ると慎一郎と葬式に飛んで行った。ダム反対派の参列こそ虚しく葬儀はひっそりと行われた。この間、慎一郎は無上にも小さな男に見えた。葬式の終わった晩、紘子は慎一郎に告げた。「私は孝治と生きます。あなたは美佳子の気持ち貰ってあげてください。・・・ただ、淋しくさせたら私は許しません」本心とは裏腹な事でもあり、それが円満だと紘子は姉として思ったのだった。母は幼い息子を抱くと「先に自宅へ帰ります」とメモ書きを残し両親の仏前に手を合わせ実家を去っていった。トイレで目が覚めた慎一郎はメモに気付き、飛び起きるとバス停まで走った。夜も明けぬ薄暗い中、町には粉雪が舞い始めた。既に初バスは去ったあとで妻と子の姿はなかった。仕方なく慎一郎は部屋に引き返す。そこに事の真相を知るはずのない妹美佳子が入ってきた。二十歳になったばかりの彼女は、いきなり慎一郎に抱き付いてきた。そして「姉から許可貰ったの」と言った。慎一郎には紘子の考えることが解かっていたのだが、浮気をするだけ妹の事は好きでもないし理不尽だと思い美佳子を突き返した。それでも美佳子はあの頃の美佳子とは違っていた。「姉さんと同じように私を抱いて・・・」美佳子は言った。美佳子は着ていたドレスを脱ぐと慎一郎の上に乗った。慎一郎にはもうそれを制する事は出来なかった。妻の妹である美佳子を抱いた。そのとき出来てしまった子供は、父親の居ないこの家で美佳子に育てられる。その子は慧子(けいこ)と名付けられた。妻の身体を知った慎一郎は紘子のために心を入れ替えて働いた。だが、紘子は親への責任が募り、素直な愛を受け入れなくなってしまった。故郷のない孤独な紘子は、ただただ息子の孝治に語りかけた。
「こうちゃんは女の子を泣かせちゃいけないよ」
小さいながら頭のいい孝治は、理解している顔をして肯づいていた。
新年の頃、紘子は遺書を書いていた。
私の寿命はこの先長くないと知りました・・・そしたら妹の事をお願いします。妹に籍を譲ります。それから、この私は両親を捨てたのですから死んだらどこか他の場所に埋めてください。それが私の希望です。 紘子
 母親の愛を沢山受けた孝治は純な心を持つ少年へと育っていった。母紘子は、息子の小学校入学を祝った。そんな矢先の出来事だった。慎一郎は紘子が倒れたという連絡を、搬送先の病院から受けた。仕事中の出来事だったらしい。享年二十六歳であった。慎一郎はショックから歌も歌えなくなっていた。ある日、ギターを持つとメロディーを奏でた。それは死んでいった妻の好きだったラブ・ソングだった。
 妻に想いをはべらせながら二年自粛し、貰った新妻は美佳子だった。その時始めて見た愛娘は、どことなく自分に似ていた。慎一郎は娘を育て強く生きてきた美佳子にお礼を言った。愛欲の強い美佳子は、慎一郎には思春期からの憧れを持ち続けただけあって幸せを感じていた。ただ、姉との子供である孝治を自分の子供として愛する事は出来なかった。

 4 (本章続き)

 旅から帰ってきてから、僕は敬遠せざるを得ないプラトニックな事実と愛情との葛藤に戸惑いながら、K子との恋人ごっこを続けた。そう、‘ごっこ’と言うしかないであろう。K子が親からこの真実を聞かされるまで、僕はそれをしようと思った。自分の力でこの愛を止める事は出来なかったからだ。

 街がクリスマス色に染まる休日、妹の希望で渋谷の公園通りをデートしていた。露天のネックレスを手にすると、僕の首に充て「これでいい?」と訊いた。僕もキラキラ星のネックレスを選ぶと今度はK子の首に充て「これ似合うよ」と言った。こうして買い求めたクリスマスプレゼントは二人の思い出として残される。ボーナスが出た僕は、K子にもうひとつプレゼントしようと街を練り歩いた。スペイン坂の靴店の前を通るとK子は予想通り足を止め、木製の棚に並ぶブーツを眺めていた。
「好きなの買っていいよ」僕はK子に言った。
「やったー」K子は無邪気に喜んだ。僕のお札と引き換え、紙袋を手にする妹は幸せそうだった。
「お礼にお好み焼き作ってくれるか?」
「た易い御用ね!」
「料理は朝飯前なんだろ?」僕は得意げなK子に言った。
「こうちゃん、今は夕飯前って言うんだよ!?」そう言ってK子は笑った。
鉄板の上で焼けたお好み焼きを、取り皿に移しながら僕は言った。
「なあK子、・・・こうちゃんて呼ばれるの嫌だなぁ」
「どうして?こうちゃんはこうちゃんでしょ!?」
「兄貴の方がしっくりくるかもな」
「兄貴かぁ~。だったらお兄ちゃんて言った方がいい」
「じゃあそれで」
「一人で納得してるんだね。・・・何故そう思うの?」
「やっぱり今は兄貴だと思うんだ。K子の事は好きだけどさ・・・」
「うん、だったらお兄ちゃんの言う通りにする」
「K子って素直過ぎてキモイよな」
「怒っちゃうぞ~」と、K子はお好み焼きを突っつく箸で僕の頬を突く振りをした。
「ここのお好み焼き旨いな」僕は素振りと裏腹に、心の中では悲しんでいた。
渋谷は何でも食べれちゃう便利な街だ。お隣の広尾、青山界隈には異国料理も多い。食後、K子はブーツに履き替えてみせた。
「プリクラ撮ろ?」・・・妹の言葉すべてが、熱愛中カップルのセリフであった。
帰りの電車でK子に訊かれた。
「私は静かな場所が好き。お兄ちゃんは?」
「そうだな。お兄ちゃんもかなっ」僕はそう答えながら、窓越しの暗闇にあの村で遊ぶ幼い妹K子の姿を映し出していた。最後に、K子はとどめを突く様な事を言った。
「卒業したらお兄ちゃんとこに行きたい!」そう言い残してK子は、実家のある駅で降りて行った。
 それから僕はK子と距離を置こうと決めたが、そのあと読んだ本に、『幸せを壊すような行為は不幸だ』という言葉に呑まれ考え直した。まだまだ若かったのだろうか?


 (終 章)

 就職のため戸籍抄本を目にしたK子は事の真相を知り塞ぎこんでいた。それを知らず、連絡の途切れた妹に逢うため、日曜日僕は実家へと出向いた。両親は出掛けていて居なかった。
「お兄ちゃん」K子は僕を見ると泣き出した。
「知ってしまったんだね」
「うん」
「お兄ちゃんも最近知ったんだ。これからは兄貴として見て欲しい・・・」
「・・・K子悲しいな」
「・・・」僕はK子を抱き寄せ思いっ切り抱きしめたあと玄関に向かった。しかし、このまま傷付いた妹をほっとける訳がない。部屋に戻るとK子は絵を描いていた。
「これ、僕かい?」
「うん」K子は楽しそうに描いていた。手を止めるとK子は言った。
「ね、最後にキスしよっ?」
「それで忘れられるなら」僕は答えた。
「わからない・・・」

 この夜、僕はラジカセの電源を入れた。K子が聞いて欲しいというチャンネルに早速合わせてみた。
丁度僕の好きな‘I for you’が流れていた。そして30秒コメントが流れた。
「大好きなお兄ちゃんへ。いまラジオ聞いてますか?私の初恋はお兄ちゃんでした。いろいろと我儘言ったけど、これからも妹として仲良くしてくださいね!早く恋人作ってね!匿名希望K子より・・・」
パーソナリティーの女性が不思議とK子の声に聞こえた。そこからは自分よりも大人のK子を感じた。感動した僕は、メールで妹に返答した。
[泣かせる事するな!なんて言えないよ・・・兄ちゃん死んだ母さんから女を泣かせちゃいけないよと言われたけど、K子を泣かせちゃったからな。でもK子は妹だからいくらだって泣かせるぞ!それから・・・二人のことは心の中のアルバムにしまおう]
[うん。そうしましょう。妹より☆]
  -完-

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お知らせ♪
  新作、禁断の青写真を近日アップ致します。

 兄貴が語る、実の妹との綺麗な愛を描いた作品です。
ちょっとスリルな展開含め、二人の知らない意外な事実が・・・

  乞うご期待あれ^^!!  by POPSTAR

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フレンチトースト
 入った喫茶店で流れていた歌は“コブクロの「桜」”だった。その懐かしくて力強い熱唱に、俺の中にある色褪せた青春の1ページが押し開かれる。

 俺が田舎から出てきて都会の片隅に生きていた頃、付き合っていたひとりの女性がいた。彼女は裕福な家庭に育ち、高価なブランドを身に付けた学生だった。反して俺は、汚れたジーンズに安もののシャツ、おまけに靴は軒先のカゴで売っていた処分品だ。それなのにお嬢さん育ちの彼女は、そんな俺でもいいと言ってくれた。俺には優しさのかけらさえなかった気もする。逢いたいときに呼び出しては、必ず彼女は俺より先に待ち合わせ場所で待っていた。連絡も入れず1時間も待たせたときには喧嘩になったが、しばらくして「ごめんなさい」と彼女から謝りだしたのだ。そのときシュンとした彼女の背中を見て、俺は喫茶店に連れて行き彼女の好きだったパフェを注文してあげた。俺はブレンドコーヒーとフレンチトースト。これが精一杯の贅沢だった。
「俺はお前を幸せにできる自信がないから別れてくれ」そう言った。彼女は唇を噛みしめ時間を置いてから小さくうなずいた。俺は男らしくなかった。自分には地位も経済力もないつまらない男だと悲観してたんだ。何ひとつ不自由のない彼女に対し妬みもあったかも知れない。

 それから10年経っても心から恋人と呼べる相手ができなかった。その代わり欲しかった地位と経済力を手にした。すかさず喫茶店に入ると質素なブレンドコーヒーと一番安いフレンチトーストを注文していた。身だしなみには気を付けるようになったろうか。その日、俺は十年前別れた彼女と待ち合わせをしていた。胸が張り裂けるような期待と不安でいっぱいだった。そして不思議なことに彼女より先に来て待っていた。やがて彼女が現れた。
彼女の近況を聞いたあと俺はがっかりした。彼女は結婚していたのだ。そんな彼女が言った。
「やっぱり私、あなたを好きになって良かった」
「何故?」俺は尋ねた。彼女は言う。
「そのフレンチトーストを思い続けるような気持ちが好きだったの」
「何だって?」俺には理解不能だった。
「それと、私が落ち込んだときには絶対優しかったから。・・・私もこのフレンチトーストのように変わらずに愛して欲しかったな」

 彼女と再度さよならしてから俺は気付いた。彼女には本当の愛があったことを。

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小さな砂丘
 今日、女性受けするボビー・コールドウェルのCDを借りた。『ステイ・ウィズ・ミー』を流しながらナイトドライブに出た。そしてウェストコーストの片田舎を感じるドゥービブラザーズの『Long Train Runnin’』、ボビーへブの『サニー』などがランダムにリピートされる。行き先は房総半島。・・・馬鹿にしてはいけない。南総白浜からは大きな太平洋が望めるんだ。東京湾横断道を海ほたる経由で木更津へ。ぼくの趣味は写真を撮ること。いつも隣には小さなモデルがいるんだ。紹介しよう!それはぼくの子供たち。男の子と女の子。「お母さんは?」よく聞かれるらしい。「もうこの世にはいないんだ」彼らは言う。長男のマサキも長女のアスカも、お母さんが欲しいって言うからお父さん探さないといけないな。でもお父さんの愛する人はたった一人だけ。君たちのお母さんだ。まだまだ忘れることができないんだ。忘れる必要なんかないとは思うけど、突然の事故で死ぬなんて寿命が来た訳ではないのに・・・。彼女は子供たちの成長を夢見ていたはずだよ。ぼくだってもっともっと愛したかった。彼女ももっともっと愛してもらいたかったと思うな。

 朝になって小さな砂丘を見つけた。その波打ち際、子供たちが楽しく遊ぶ瞬間を撮るのに夢中になってるぼくがいる。白い砂と白い波。
「なぁマサキ、寂しくないだろ?お母さんはアスカも生んでくれたんだから」
・・・ぼくはあの日、この砂丘で彼女と永遠を誓った。

 今日、彼氏と別れたというお母さんの妹と会った。どことなく見せる表情には、あの日の彼女を顧みた気がした。
「なぁアスカ、どう思う?お母さんに似てるだろ?」お父さん頑張って口説いてみせるよ!

 今日、女性受けするボビー・コールドウェルのCDをまた借りた。『ステイ・ウィズ・ミー』を流しながら新しい彼女とドライブに出た。彼女を口説いた時と同じ南風の吹く小さな砂丘で車を止めた。新しい彼女は、あの日の彼女と同じ目でぼくを見つめていた。夢のようだった。
「私、お姉ちゃんの代わりにしてもらえますか?」彼女が言う。ぼくは答えた。
「今、あいつのことは忘れたよ。だから、ぼくと一緒になって欲しい」
それは本当の気持ちでもあり、新しい妻への優しさでもあった。

 今日、三人の子供とお母さんと五人でドライブに行こうと思う。

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秋のS.L.S.⑤ 磐梯山の恋人☆彡
*文中の鉄道データは、公式の規定データとは違いアレンジしています。

 東京に住む上宮圭吾(うえみやけいご)は、JR東日本東北新幹線の運転士だ。今年で38歳になる。2年前まで常磐線を担当していた。スタイリッシュな‘スーパーひたち’や‘フレッシュひたち’も運転していた。平坦な関東平野の運転は山岳路線に比べ力むことはなかったが、130km/hの区間が多いことで、踏み切りや駅通過時の配慮はままならなかった。新幹線志望試験をパスした圭吾は、10ヶ月の研修と10科目の試験のあと教官と共に乗務訓練をした。

 ところでこの東北新幹線は、東京~八戸間、630キロを3時間ばかりで結ぶ。10月の紅葉時期が訪れ、平日に於いてもまばらな観光客がこの列車を利用していた。本日の圭吾の仕業は、先輩の田中との交代乗務で、『はやて・こまち7号』東京から盛岡までの往復と、18:20発やまびこ217号仙台行きで郡山までの単独常務であった。『はやて・こまち』では規定により、中間の白石蔵王(しろいしざおう)駅通過時にて運転席と助手席とで入れ替わる。最初の運転は圭吾からだった。線見、訓練以来、仙台以北はさほど運転していないのである。盛岡から先が出来てから仙台以北は主に東北支社の管轄だった。

 東京駅13番ホームに上る長いエスカレーターで、圭吾は本日の終了時刻を田中に確認した。月に1度だけ郡山で終わる日が巡ってくる。そして翌日の昼12時に出る東京行き『やまびこ』で戻ればこの仕業は終わる。ホームに上がると既に入線し清掃に移る、折り返し車両の運転室に入る。サイド方向幕の確認と頭の正常確認。高い位置にある運転台に座ると最初に列車番号の入力をした。ブレーキの緩解確認と計器の圧力、電圧確認など行う。出発1分前、発車ベルが鳴り続けていた。
「戸閉点灯ヨシ!信号70。出発進行!はやて・こまち。8時28分15秒、定時」
右手でブレーキを戻し、左手マスコンハンドルを1段、そして3段まで引いた。制限40を解除したあと5段で70km/hまで上げた。秋葉手前でダウンするため60で惰行。地下トンネルに潜る。上野停車のあと市街地を軽く流して大宮停車。その後本領発揮、275km/hまで一気に加速する。稲穂が黄金に色づき、遠くに見え接近してくる山は栃木の山々だった。

 その頃、猪苗代の見える表磐梯のペンションでは、絵里菜(えりな)が宿泊客を見送っていた。それからキッチンに戻ると、皿洗いをしている10歳離れた弟 崇之(たかゆき)に言った。
「今晩は絶対客取っちゃダメだよ!」
「は~い社長!」崇之はおどけてみせた。そして崇之は言った。
「なぁ、彼氏来るんだろ?俺は夕方郡山まで迎えに行けばいいのか?」
「彼氏だなんて・・・あ、乱暴な口の聞き方したらダメよ!圭さんエリートなんだから」
「は~い」
秋になっても裏庭のレタスやトマト、それにトウモロコシが良く育っていた。ペンション自製採りたて野菜をお客さんには出していた。独身の圭吾は、非番の日に友人とテニスをしに猪苗代にきて以来このペンションを気に入り、毎月一度の郡山泊まりに合わせ訪れていた。今回で5回目になる。一番の理由は、チャーミングな絵里菜のことが気に入ったからだ。絵里菜も同じく圭吾を想っていた。なのにどっかの刑事ドラマのように進行しないという展開である。崇之の車代含め、圭吾は他に使い道ないからといつも3万置いていく。絵里菜にとって何よりも嬉しいのは、ペンションに飾れる小物を毎回プレゼントしてくれることだった。

 出発から長い針が一回転した頃、見えてくる山がある。安達太良山だ。昔は在来線の特急で3時間ほど掛かった場所だが今ではひとっ飛びだ。郡山の市街地に入り、圭吾はちらりと左手を見た。僅かなスジ雲が伸びていてその先には磐梯山があるのだろうか?あと1000キロほど走ってから逢える人を想ってみる。いけない!信号240から160の指令が出ている。圭吾は減速操作を数秒遅れ、併せて喚呼した。
「本日この先徐行、信号160!」
「本日この先徐行、確認ヨシ!160」
田中運転士も復唱した。田中はそんな圭吾の心境に気付いていないようだ。白石蔵王が近付き運転士の入れ替わりをする。ハンドルを放して右サイドに廻った。
「蔵王10時ジャストゼロ5秒停通!」
流暢なベテラン運転士の喚呼が運転室に響く。揺れの少ないE2+E3型車両だが、減速時のショックは感じる車種だった。それなのに運転曲線を心得、スムーズなタイミングを計る田中に圭吾は脱帽した。長いトンネルを抜け数分もすると、仙台市内に入り車内には自動アナウンスが流れた。寄り道をしない新幹線は本当に速い上に早い。
「レディース&ジェントルメン、ウィ、ウィル、スーン、アブリーフ、アライヴ、アットゥ、センダイターミナル、イナ、フューミニュッツ・・・」
左に大きく傾きながら、減速していく先に長い駅が見える。その右手に見えるヨド○シカメラは、圭吾が仙台泊のときに良く寄る場所だった。
 
 盛岡には11時31分に到着。秋田新幹線乗務員にマスコンキーを渡し、圭吾は田中と共に駅下の控え室に向かった。
「上宮くんじゃない?」
圭吾は振り返ると、同僚で上野運転所の朝倉だった。
「長野新幹線に異動だって聞いてないかい?」
「知らんよそんなこと!」
「いや~上野戻るんだろ?運転部長に聞いてみたらいいよ。それか人事」
「聞いてみるよ」
「可愛そうに」
田中は言った。何しろ東北新幹線の運転自体覚えて間もないからだ。構内配線から、トンネル位置、ブレーキ地点まですべて覚えなくてはならない。長野新幹線で言えば高崎を出ると山登りに入るため常に力行だろう。山下りは抑速ブレーキを掛けながらの運転だ。長野新幹線は、かつてのオリンピックに向け突貫工事をした線区でもあった。

 昼食は駅の外に出て‘わんこそば’の店に入った。二時間の休憩のあと事務所で乗務チェックをし、再び列車を東京まで走らなせなくてはならない。とは言え、鉄道マンにとって新幹線運転士は花形の職である。

 上り乗務は、後ろに併結する秋田新幹線の接続が遅れ5分程遅延した。途中駅を抜かす優等列車はほぼマックスで走らせるダイヤであるが、5分なら大宮までに差を詰めることが出来ると言われている。
「よし、今度も君から先に運転してくれ」
田中はそう言うと、圭吾にブレーキハンドルを渡した。
「了解です」
「まず北上の先のストレートでかせげ。ノッチはその都度教える」
ノッチとは車で言うアクセルの強さであり、オンで電圧を加え加速させる回路だ。フルノッチと言えばエンジン全開を意味する。もっぱら電車に於いてはモーターの回転数に置き換えられる。

 出発して30分、圭吾は田中の指示通り上り『はやて・こまち』を順調に走らせていた。東京側、リニューアルされた200系で後方にE2が連結された形だ。鋼鉄の新幹線として最後に残った200系は、今時のインバーター制御ではなく界磁チョッパ方式だ。全車に電動機(モーター)が乗っている。花ノ巻~一ノ関間で指令所より連絡が入る。どうやら上越新幹線が停電のためストップしているらしい。当面、遅れを戻しつつ先で詰まった場合はATC信号の指示に従えというものだ。下手したら郡山に着ける時間もあやふやだ。運休したら仕業も変わり、郡山で終われないケースもあり得る。仙台で時間調整をし、小山からも徐行。23分遅れて圭吾の‘はやて・こまち’は、東京駅に到着した。

「姉ちゃん、今夜は冷え込みそうだな」
崇之は車のドアを開け、言った。
「そうだね~。くれぐれも事故起こさないようにネ!」
絵里菜は念を押し言った。
「わかってるよ。じゃあ行ってくるよ!」
崇之の軽自動車は、雑草の生える土道をススキの彼方へと消えていった。二つコブの会津磐梯山が夕陽で染まっていた。絵里菜は3年前この土地を買い、たった一人の姉弟である弟と共に東京から移住してきた。夢だったペンションをやるためだった。絵里菜は今年で35歳を迎えた。最近男に縁がなく、崇之の紹介する男には好意を持てても自分から踏み切ることが出来なかった。そんなとき現れたステキな男性が上宮だった。

 乗務日誌を提出したあと、圭吾は郡山駅の外へ出た。携帯電話の留守録に崇之からのメッセージが入っていた。西ロータリー出口付近の果物屋の前にいるという。崇之の車を発見すると、早速ペンションに向かった。
「上宮さん、姉貴待ってます」
崇之は愛想よく言った。姉弟で話すときと違って整然とした口調だ。
「そうか。崇之君いい弟さんだな」
暗がりの磐越道に入る。圭吾はスーツの内ポケットに隠してあるものを確認した。
「明日、例のテニスコート予約できない?」
「あそこならいつでもオーケーだと思いますよ!しかも平日だし」
「一時間でもいい、お姉さんとテニスしてみたいと思って」
「何時間でも連れ出して下さいよ。姉貴歓びます」
猪苗代・裏磐梯I・Cで下道に入った。

 ペンションでは、三箇所あるテーブルのうち一箇所だけ、豪華な盛り付けをしたテーブルがあった。

「姉貴、圭吾さんいらしたよ!」
玄関から崇之の声がした。絵里菜は慌てて玄関に向かった。
「いらっしゃい」
細い声をした絵里菜は、35歳らしからぬタイトな赤いドレスで圭吾を迎えた。
「ただいま」
VIP客の圭吾はウィンクしてみせた。
少し遅めのディナーは至福の時間となった。
「うん、これは美味しい!」
圭吾は絶賛した。
「ロールチーズチキン、自信作です」
と、絵里菜が答えた。すると、さっさと食べ終えた崇之が言った。
「あ、俺やることあったんだ」
わざとらしく二人に微笑んで席を外れた。残された二人は向かい合った形でしんみりと会食している。
「緊張します」
「緊張しないで下さいよ。俺まで緊張しちゃうじゃない」
「ええ。あっ、音楽・・・」
絵里菜はそう言い席を立つと、窓際にあるコンポを点けBGMを流した。和んだ空気のなか圭吾は言った。
「明日、早起きしてテニスしようか?」
「相手してくれるんですか?」
「ああ。ここは空気いいし・・・あのときエリちゃんが僕らに声掛けてくれたんだよね」
「やだ、あれは営業です」
二人は楽しく笑った。それから食後のデザートを口にした。圭吾はスーツのポケットからチケットを取り出し、絵里菜に渡した。
「東京行きの往復切符、5回分プレゼントするよ」
「いいの?高いでしょ!?」
「よかったら今度僕のうちにも来てみない?」
「はい」
仕掛けた圭吾にとってはここまでの展開は上手くいったと思う。しかも彼女からは素直な返事が返ってきた。しかし圭吾にはこの先が言い出せなかった。あまりにも照れてしまうからだ。そのとき外でスコーン!と物が落ちる音がした。絵里菜は立ち上がりサッシのカーテンを開けた。窓を開けると外を伺う。どうやらネコが椅子の上のボールを落としていったようだ。圭吾は外を見ている絵里菜の襟足に触れた。
「びっくりした」
苦笑いした絵里菜の顔が真剣なまなざしに変わってゆく。
「あっ・・・」
圭吾は絵里菜の肩を抱き寄せそっと口付けをした。背後ではバイオリンの音色と虫の音が調和していた。圭吾は言った。
「好きだった。出逢った日から・・・」
「わたしも・・・好きです」
圭吾はこの先どうしたらよいのか、また分からなかった。列車の運転を操るのは得意でも、女性の気持ちを探るのは苦手である。
「今度はわたしからキスしてもいい?」
このセリフには圭吾は参った。棒立ち状態の圭吾に抱き付いた絵里菜は、何度も何度も圭吾にキスをした。圭吾は絵里菜の前髪を分けながら言った。
「今晩、一緒に寝ようか」
「しよう」
「え?」
「そうしようって言ったの」
「ごめん、俺ワインに酔ったみたいだ。風呂入ってくるよ。部屋は?」
「201。朝になると磐梯山が見える部屋。あの部屋だけなのよ」
「了解!」

 そしてこの晩、圭吾と絵里菜は結ばれた。次の停車駅は軽井沢だった。そう、圭吾の長野新幹線異動により、絵里菜のペンションも移動した。そこは割りかし駅から近い新幹線の線路際、中軽井沢(なかかる)の地に建てられた。圭吾の貯めたお金すべてをプレゼントして。単純な男と言われても愛してしまったらしょうがないものだ。その代わり担保は絵里菜だよと契約を交わした。それからもう一つ。窓から見える山は磐梯山から浅間山に変わった。

  -完-
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愛の意味 ~サザンのバラードに包まれて~

 それは五年前の事でした。初めて本気で愛した年上の彼と出会った夏。25歳になった私はまだ子供で、何でも知っている5つ年上のYにのめり込んでいきました。会社の男に魅力を感じない毎日に愛想尽きていた頃です。そもそも私自身、自分に自信なんてなかったのですが... そんなある日、ひとり旅に出ました。旅と言っても電車で小一時間の場所です。臆病な私はいつも片想いばかりで、初めて男の人に抱かれた時も好きな人じゃなく、気を許したのも早く大人になりたかったのかも知れません。
 降り立った駅は横須賀線の鎌倉駅でした。シーズンオフなのに何か賑わっていて、一人きりで来た事に後悔を感じました。古い寺にも立ち寄ることなく、私は海岸の方へと歩いていきました。夏の香りも残る9月の浜辺は眩しくて、案外人影まばらで寂しい気もします。
昼下がりの道をひたすら西に向かっていきました。やがて辿り着いた稲村ヶ崎の海岸で、持ってきた本を広げ読書にふけっていました。それも夕陽が海の向こうへ落ちていく瞬間まで動くことなく・・・。何だか涙が出てきたのは読んでいた本のせいでしょうか。現実から抜け出すなんて・・・そんな風に今の暗い自分を振り返っていると、カメラのシャッターの音が風に流され聞こえてきたのです。振り向くと、同年代くらいの男が、私にカメラを向けていました。私は軽蔑の目で男を見ました。影で顔が良く分からないけど、何だか笑っているようでした。男の人は近付いて言いました。
「ずっとあなたのこと見てたんです。それで、日が暮れるまで居たら声掛けようと思って」
少し照れながら言うTシャツの彼に、何故か悪い気はしませんでした。つられて私もニコリと微笑んでいました。そんな彼に出会いを感じたのは無理もなく、望んでいたことだったのかも知れません。
「自分、こういうもんです」
と礼儀正しく言う彼は、私に名刺を差し出しました。‘デザイナー 柴崎 祐一’とありました。気兼ねなく私は、誘われたまま彼の車で食事に行きました。湘南ナンバーだったので地元の人かと聞くと、彼は肯き出身は北海道だと言って笑っていました。爽やかな印象の彼にときめきを感じ、苦手な男の手前なのに、自然で居られるくらい私は溶け込んでいました。その場はずっと彼の仕事の話題で持ちきりでした。誘ったのは僕だからと、結局ご馳走になりました。駅まで送って貰う車の中で、ずっとサザンの曲がかかってました。それもバラードばかりで、夜の湘南に凄くマッチしていて、私は彼の横顔をずっと見つめていました。当然私は次の約束を待っていたのですが、彼は私に彼氏が居るか?とも聞かず、黙って車を走らせていました。
「今夜は楽しかったね」
彼はそう言うと駅前で私をすんなり降ろしました。
「・・・あのぉ、今度お礼がしたいんですけど」
と、私は遠慮がちに言い、車の中でメモ書きした自分の名前と携帯ナンバー、アドレスを渡すと彼は、「それじゃ連絡して」と言い残し去って行きました。彼の車を見送る私はハッピーでした。


 翌日、会社の同僚に見透かされてしまうほど、私はときめいていたのです。昼休み、先輩の敦子さんが私に声を掛けてきました。
「今日の美穂、いつもと違わない?」
「そうですか??」
私は聞き返しました。
「彼氏でも出来たのかな?」
「彼氏というか・・・でも、付き合うか分かりませんけど・・(^^/)」
「よかったわね。頑張ってよ!」
帰宅時にサザンのCDを買い込みアパートに戻りました。それを聴きながらペンを執り、日記を付けました。アンチックな女でも格好イイ恋に憧れるのです。まだ一度しか逢ってないのに。ただ気掛かりなのが、彼ことYに出したメールの返信が来ないことでした。それでも日を増す毎にYは無くてはならない存在になっていました。部屋で聴くサザンのバラードが余計そうさせていたのかも知れないけど。呑気な私でも恋には一途なのです。気付いたらYの携帯ナンバーにコールしていました。けど、何度掛けても留守電でした。
『きっと忙しいんだわ』
仕方なく、メッセージだけ残して置きました。
 あれから三週間が経った休日、私はもう一度あの場所を訪れることにしました。台風が近付く強雨に関わらず、思いのまま電車に乗って鎌倉へと出掛けて行きました。江ノ電の古い車輌がキシキシと音を立て続けます。ちっぽけな稲村ヶ崎のホームを後にし、ゆっくりと海岸の方向へと歩いて行きます。直ぐに雨に霞んだ海が見えてきたのですが、ばかばかしくなり引き返すことにしました。雨宿りする様に途中のテレフォンボックスへと入りました。
『そうだ、ケイタイじゃなくこの電話からなら受け取ってくれるかも・・』
そう思い、緑の受話器を外します。Yに掛けようとするのですが、とてもためらってしまいます。何やってるんだろう私。結局、そのまま帰宅することにしました。止まない雨に打たれながら駅へと戻りました。電車がトンネルに入り自分の顔が映った時、涙を流しているのに気付きました。
『もう、忘れるから・・』
 彼をあきらめかけた頃、一通のメールがケイタイに届きました。

**メール読みました。美穂さんがそんなにも僕を気に入っただなんて嬉しいな。ずっと考えていたんです。
実は、僕には妻がいるんだ。上手くいってないんです。正直な話、現実から逃げたくてあの日美穂さんに声掛けてしまって。本を読んでる横顔がステキだったからつい。ごめんなさい。
こんな僕でいいのなら、次の日曜に江ノ島で会いませんか?お友達として。
                                 祐一**

 迷う術もなく、私は日曜に指定の江ノ島へと向かいました。ふたり墜ちあうと、再会の余韻もなくYは車を走らせました。先日は気付かなかったのですが、Yの車は右ハンドルのBMWでした。この日もサザンを聴きながら海岸線を行きます。カラリとした涼しげな秋風が窓から入ってくると、何故に改まってしまって上手く話せなくなります。車は由比ガ浜も過ぎ、逗子の方向へと向かっています。やがて一方的に話すYの会話も途切れました。それからYはひとり、運転を楽しんでいるかの様子でした。心地よい天気と滑らかなYの運転に浸り、私はいつしか自分の世界に入っていました。
『-こんな私と居て祐一さん楽しいのかなぁ?-もしかしてこのままホテル?? ヤダ、どーしよ~っ。-何考えてるの私!-でも、覚悟してるからいいですよ・・』
「美穂さん!美穂さん!あれっ、寝ちゃったのかなー?」
気付くとYの声が聞こえてきました。
「いいですよ・・」
と、おうむ返しに生返事をしてしまったのですが... 正気に戻った私は、「眠くなっちゃったみたい」と言い訳しました。するとYは言いました。
「じゃあ行きましょう!」
「えっ?」
私は思わずYの顔を見てしまいました。Yはニコリと微笑み返すと近代的な建物の敷地へとハンドルを切りました。


 二人の降りた場所は葉山にある近代名画館でありました。煌々と光の差し込む静かな館内で、私の気持ちは返って何か落ち着かないものでした。そして絵に興味あるフリをしながら、Yの一歩あとを付いて行きました。
「美穂さん、絵は好きかな?」
「は、はい。私なりにですが」
彼は私の表情かまわず楽しそうに話し出しました。洒落たスーツを着て大人を感じる今日のYには、先日と違った良さがあって、さらに私を魅了します。
「ここにあるのは版画の絵なんだ。絵と言っても画のほうだけどね」
「はぁ...」
笑ってるYは私を試してるようにも思えました。きっと彼は‘画’って言いたいのでしょう。勘の良さは譲れない私ですが、Yに対しては自分が子供のようでたまりませんでした。風呂敷に包まれた石のような今日の私・・・
「この建物面白い空間ですよね」
私は画の事より素敵だと思った関心をズバリ言ってしまいました。それから、Yは焦らすように笑っていました。私は少し膨れた表情で横を向きました。
「このデザイン、僕がやったんだ。はじめて任された仕事でね。褒めてくれてありがとう」
私は、ひとつの疑問が解けたかの様な心境になり、改めて彼を知りたいという興味に引かれていきました。
『祐一さんクールなんだから。初めからそう言えばいいのに・・でもステキ!。。言えないよそんな事、えっ!!』
横に居たYは、私の手を握ってきました。
「友達だけど手ぐらい繋いでいいよね」
私はこわばっていたのですが、無理に笑顔を作って肯きました。てか、久しぶりのドキドキ感。Yの振る舞いに優しさを感じました。順路を経てロビーまで戻って来ると、入り口の喫茶店でお茶をしました。
「美穂ちゃんの夢は?」
と、Yは聞いてきました。美穂ちゃんと来たか...と思いつつ一歩近付く彼に上手く返事は出来ませんでした。
「別に平和であれば・・」
「・・そう。僕はね、自分の可能性を追求していくこと。自分のデザインを残すというか、世界も視野に入れてる。あっ、今日は仕事の話はしないって決めてたんだった、ははは」
「別に仕事の話でも楽しいからいいですよ(笑)」
「そうそう、「別に」って美穂ちゃんの口癖だよね」
Yはそう言うとさりげなくコーヒーを口にしました。私は言われるまでそれに気付かなかったのですが、納得し、その場は笑ってごまかしました。要約、私の頼んだカプチーノもやってきたので飲み始めました。Yは私の口元を黙って見つめています。私はドキドキするのを隠すかの様に、彼の背後に視線を移しました。Yに対して奥さんの話は禁物だと思いつつ、成り行きの会話で飛び出すのではないかと、私は終始ハラハラしていました。出来ることなら奥さんのことは忘れ、今は私だけを見て欲しい...そう願うがゆえのことです。
 
 名画館をあとに、再びYとのドライブが続きました。昼下がり、海の見えるキャベツ畑に車を止め散歩しました。今度は私から手を繋ぎ、一緒に丘を歩きました。誰も居ない岩場の影で腰を下ろし、しばらく二人して海を眺めていました。この場の雰囲気がそうさせたのでしょう。次第に二人寄り添っていきました。それでも、しんみりするのを互いにけん制し合うかのようでした。Yは時々楽しいジョークを交え笑わせてくれますが、やはり二人きりを意識してる様子です。それでもYは腕を私の肩に廻してきたのです。私がすっかり甘えているのをYは察したのでしょう。私が少し震えてるにも関わらず、彼は澄んだ瞳で見つめます。私はそんなYに言いました。
「祐一さん、ひとつ聞いていい?」
「何?」
「私たち友達でしょ?だから恋人にはなれないんだよね?」
と、思わず出た言葉は意味深でした。そしてYは、私の質問を上書きするようなことを言いました。
「ホントに美穂ちゃんて彼氏いないの?」
「いない。私、奥手だし、暗いから駄目なんだ」
「それは違う。そこが君の魅力なんだよ!黙っていてもいい女。いや、黙っているほうが画になる人かなっ」
「ありがとう。・・・でも初めてだなっ。男の人からそんな言葉言われたの」
そのあとYの視線に気付き、私もYから視線を逸らさず頑張ってました。もしかして祐一さん、私が目を閉じるのを待ってるの?- それに気付いた時には遅かったのです。
「ごめん。僕たち友達だったよね」
「・・・」
やはり試されていました。それに私には返事が出来ない理由がありました。恋心だけならそうしたでしょう。恋の向こう側には彼への愛情があるのです。愛すことは彼を思い、家庭を壊す勇気すら否定されていくものでした。そんな葛藤に問われつつ、もう一度Yにしがみついてみました。座り込む二人のつま先に波が押し寄せても避けることなく、Yも抱きしめてくれました。たぶん動いたら私たちは引き離されちゃう気がしたのでしょう。奥さん許してくださいこんな罪な私を。
それでも時間は動いてました。
「行こうか・・」
「・・うん」
そう言わざるを得ない状況と判断しての返事でした。出来ることならこのまま彼に抱かれて眠りたいです。もう少しすれば先日と同じく駅前で降ろされる事となります。
ところがこんな別れ際の切なさが私に火を付けたのです。もう逢えなくなるのではないだろうか・・私の中でYに対する熱い思いがリフレインされました。

 私は泣いていました。それは漠然的に出る不明の涙なのでしょうか?大好きなYに泣かされた訳でもありません。悲しいとか嬉しいとかでもなく、自分が求めてしまった事に対しての情けなさなのでしょう。初めてYに抱かれた余韻もさることながら、ベッドの上は乱れたシーツ、脱がされた服や下着までも散乱したままの状態です。シティーホテルの無機的な空間に浴室の僅かな明かりがバウンスしています。その浴室にYはいました。私は裸体にバスタオルを捲くと、シーツを直し衣類を畳みました。そして再びベッドに潜りました。
『・・・どうしたらいいのだろう?奥さんを裏切ったんだよ!? ..ワタシ』
薄暗い天井を見つめながらそんな思いに駆られていました。やがてタオルを巻いたYが浴室から戻ってきました。Yは私の気持ちを見透かし、「別に考えることもないよ」と言ってくれたのですが、真面目で純な私は彼の愛人にはなれないという不安を隠しきれませんでした。その時点で私の中では、ひとつの結論を決めかけてました。Yが私の横に添い寝します。私は言いました。
「祐一さんがね、さっき愛人とか言ってたけど私には無理かもしれないの」
私はYを見ました。彼には彼の考えがあるのでしょう。Yはしばらく黙り込んだあと、その考えがまとまったかの様に重い口を開きました。
「僕は妻と別れる事も考えてたよ。ただ・・・」
「ただ?」
「うん。さっきも言ったけど妻には愛がないんだ。よく子供ができると愛情がそっちへ行っちゃうなんて言うけど、子供すらいないのに・・出合って以来そう。彼女の性格なのかなっ」
「もしかしてセックスレス?」
私は微かな声でYに聞きました。すると、彼は吐き捨てるように言いました。
「妻は育ちがいいお嬢さんなんだ。小さな頃から物も理想も何でも手に入ったんだろうね。残念なことに彼女は本当の愛を知らない。僕のことも懸命になって手に入れたものじゃないからね。そう、僕は売れっ子デザイナーという肩書きで買われたようなものさっ」
「その気持ち、わかる気がするわ」
「でもね、3年も一緒に居ると情が生まれてくるもんなんだ。好きも否定できない」
「それは私にはまだ解からないことだけど・・」
「美穂のこともっと知ってもっと愛し合えるのなら別れるよ。でも、ひとつ怖いことがあるんだ」
「怖いこと?」
「ううん、何でもない」
「教えてくれないの?」
「教えてあげる」
Yはそう言うと、悪戯っぽく私の上に乗ってきました。
「もう一度抱きたい・・」
Yとの未来があるのなら、その可能性を生きたい!そんな気持ちを踏まえ、私は目を閉じ言いました。
「愛が欲しい」
Yに髪を触られそして唇が合わさります。こんなに感じたっけ?異常に反応するのも気持ちの問題が解消したからでしょうか。既に私は気持ちだけで感じてしまいました。タオルが取られ、私の小さな身体があらわになりました。暗がりとはいえ見られることに照れて小さくなってしまいます。やがて優しい手が胸の膨らみを包み込みました。私はその最中も彼の配慮を感じてました。やはり相手の性格が出るのでしょう。それにYも私もこんなにHが好きだったなんてちょっぴり恥ずかしい発見をしました。この夜、Yが泊まれないと言うのでホテルを出るYを見送りました。
*今日は素敵な一日をありがとう。祐一さんがとても好きだよ!私のことも思っていてね。おやすみなさい*
これは私が寝る前にYに送ったメールです。もう敬語ではない関係です。ありきたりな言葉を素直な気持ちで送りました。こうして訳ありではありますが、Yとは恋人になりました。 


 次のデートはアフターファイブの横浜駅でした。Yがデートプランは私に任せるというので、憧れのデートコースを幾つか考えての事でした。スーツ姿のYと東海道線ホームで落ち合い、Yを駅傍にあるパスタの旨い店へと連れて行きました。私のシーフードと彼のボンゴレを交換しちゃったり、傍(はた)から見てもまるで恋人同士です。いけない関係なのに・・。Yもこの店には満足して、旨いと言ってくれました。それからYが寄ろうと言ったのが、通りがかりのショットバーでした。アルコールの苦手な私は、唯一飲むことの出来るカクテルやカルアミルクを嗜(たしな)みます。彼も私も煙草を吸わないので、流れてくる煙を気にしてました。お人よしな私はさほど気にはしなかったのですが、Yは神経質そうに、「これ飲んだら出よう」と言いました。私はYに尋ねました。
「祐ちゃんてA型でしょ~?」
「残念。僕はO型だよ」
と、Yは淡々と言います。
「私何型だと思う?」
「君こそAっぽいなぁー」
「残念!ABでした~」
私は楽しく答えました。
「そんな感じかもなっ、はははっ」
「バカにしてる?」
「美穂ってちょっぴり天然っ子だよね」
そう言ってYは私をからかいました。彼の言うことは気になる反面許せちゃいます。その時、Yのケイタイにコールが入りました。どうやら仕事の電話の様子です。
「美穂ごめん!これから打ち合わせになっちゃった。今度また逢おう」
「・・そう、仕方ないね。頑張ってね」
私はそうとしか言い返せずその後へこんでしまいました。至福の時間がぶっ飛んでしまった感じです。Yはお金を置いて急いで私の前から消えました。
帰り道、私は一人暮らしをしてるアパートの前でバイクをいじっている痩せた青年を見つけました。最近私の隣の部屋に越してきた学生で、先日挨拶に来ました。私は青年に軽く会釈をして部屋に入りました。この日の日記には、楽しかったデートを綴りました。ラストに、[彼の仕事への情熱が好き]と添えました。こう書く事で嫌な自分を消し去りたかったのです。
 それからYと何度かデートを重ね、お互いを知り尽くした頃のことです。前回のデートからは半月が経っていました。木々がオレンジに色付いた山下公園を、二人腕を組み歩いていました。
「祐一さんとやっと逢えた」
私は、久々に逢うことの出来たYに照れながら言いました。
「いつも美穂には悪いと思ってるよ」
「そんな。全然平気だよ。私だってそれなりに忙しいから・・」
私は本心を抑え嘘まで付きました。
「なら、いいかっ」
Yは笑ってそう言いました。彼の正直な言動に対し私の偽りは、後々寂しさを覚えます。ただただ今は、逢えた喜びに浸っています。
「駅前に車止めてあるんだ。これからドライブ行かない?」
「うん、行きたい!」
今日のサザンもスローなナンバーです。三浦を走った後、海沿いのホテルに入り久々に抱き合いました。窓から薄暮の空が見えてます。モダンな部屋にカントリーの音楽を流しながら、Yは私を抱きました。ちょっぴり大人のテイストです。終わった後、私はYの手を握りながら気になってたことを切り出しました。
「祐ちゃん」
「何だい?」
「奥さんとはどう?」
「相変わらずだよ。・・実は、妻の親父さんから大きな仕事受けてるんだ。今、彼女と別れたら会社にとっても気まずいことになる」
「そうなんだ・・」
「美穂の事は好きだし、」
「それから?」
「出来れば一緒になりたい」
「私も一緒になりたい」
今回もYは外泊は無理だと言うので、私は時間一杯まで甘えてました。そして近くの駅前で彼の車のテールを見送りました。乗客まばらな赤い電車に揺られ、窓の外の暗闇を眺めながらこう思います。
『神様、私は先の見えない闇の中にいるのでしょうか?真面目に生きてれば願いは叶うものですか?』
いつしか寝付いてしまい、気付くと次は降りる駅でした。新潟市出身の私が最初に就職したのが川崎だったんです。初めて来た時から、程よく賑わう駅前が良く似ていて違和感ありませんでした。住むのは繁華街を抜け民家の並ぶ場所です。小腹が空いたので、パーラー横のコンビニに寄ることにしました。閉店間際のパチンコ屋から、酒に酔った男が飛び出して来ました。勝負に負けたのか、バカヤローを連発していました。(たぶん大当たりの連発なんかしてません) 私はその男に目を付けられると腕を掴まれました。私はとっさに声を出しました。
「きゃっ!」
もう遅い時間なので辺りには誰もいませんでした。
「姉ちゃん、俺に付き合え!おごるからよぉ」
「ちょっとやめて下さい!」
その時、コンビニから一人の男が出て来ると、この事態に気付いたのか走って来ました。
「ちょっと何してるんですかー?俺の彼女に!」
そう言われひいたのか、酔っ払いは私の手を放し去って行きました。
「大丈夫ですか?」
と、ひょろっとした男は言いました。街頭の影で見えづらかったのですが、男は隣に住む青年でした。
「日景(ひかげ)さんでしたよね!? ありがとうございました」
私は丁寧にお礼を言いました。すると青年は言いました。
「女一人の夜道は危ないですよ!俺も帰るんで一緒に行きましょう」
「怖くなったんでそうしてくれるとありがたいです」
「満月の夜って、人も興奮するって聞いたことがありますね。あの酔っ払いみたく」
私は日景という青年に親近感を覚えました。するととんでもない事を彼は口にしました。
「助けたお礼に俺とデートしてください!」
意表衝かれた私は言いました。
「私が?でも彼氏居るんで・・日景さんは居ないんですか?」
「居ます」
「じゃぁどうして?」
「田舎に残してるんです、彼女。でも友達の話だと彼女、浮気してるみたいで・・」
「私と浮気だなんて・・お断りします!」
そして玄関前まで来たとき、日景青年は言いました。
「じゃあ、明日の夜都合のいい時間、俺を呼び出してください!」
「も~っ?・・ほんとに話だけよ !? 」
私はちょっぴり姉貴ぶって言いました。
「もちろんです」
日景青年が心なしか気真面目に思えました。
[ リアルタイムで恋をしている女は強いと思う。-
                -Yと付き合う前は臆病だったのにね。]
ペンを置くと布団に入り、そしてランプを消しました。


 翌日私は仕事からまっすぐ帰宅し、日景青年を訪ねました。彼は私を待っていたかのごとく、直ぐに玄関の扉を開け言いました。
「夜ご飯まだですよね?」
二人で近所の居酒屋に入りました。お酒の弱い私は、酔うと危ないと思いウーロン茶を頼みました。私は、日景青年と向かい合うとちょっぴり緊張してきました。すると彼は気さくに言いました。
「こんなとこに居酒屋ってあったんですね」
「うん、私も入ったのは初めて」
小さな店内を見渡しながら私はそう答えました。
「俺は梁(りょう)と言います。梁って呼んで構わないです」
「あっ、私は美穂です。リョウくんかぁ?どういう字書くの?」
私がそう言うと、彼は学生証を見せてくれました。20歳でした。
「美穂さんて幾つ何ですか?」
「25歳になりました。私、お姉さんですよ!? そー言えば日景って苗字、珍しいよねー?」
私は言うと、彼は肯き答えました。
「親父は田舎で橋の設計をしてます。だから橋梁の‘リョウ’。そんな自分は文系ですが。作家になりたいんで」
「凄いね!でも、バイク好きってイメージだけど」
「バイクは好きだよ(笑)」
「ところで梁くんの田舎って?」
「名古屋ですよ。市内なんで地元って言った方が良かったかな!?」
「私は新潟なの」
「だから美穂さんて色が白いんだね」
地方都市同士の仲間意識が生まれ、会話は和み始めます。梁くんは自分の事を語り始めました。
「実は最近まで姉貴のとこに居候(いそうろう)してました。俺、二十歳を迎えたんで一人暮らししようかと。仕送り貰ってるけどバイトもしてます。それに義理の兄さんにも悪かったし」
「お姉さん結婚されてるのね」
「はい。旦那とラブラブだからなおさら・・」
「そういえば梁くん、彼女さんとは?」
「実は、先日別れました・・相手は結婚してた人で・・」
「・・・」
「不倫はいけませんよね?美穂さん、誰か紹介してください。美穂さんのような人が好きです」
私は梁くんの言葉に胸を打ちました。不倫という言葉にです。私の彼にも妻が居ますなどと口が裂けても言えません。
「どうかしたんですか?」
と、言われ私は首を横に振りました。そして聞きました。
「彼女さん、旦那と別れる気なかったの?」
「最初は別れるって言ってたんだけど」
彼は言葉に詰まり黙り込んだあと、話を続けました。
「所詮無理な話なんですよ!彼女には子供が居るし。終いには「遊びだったかも」なんて言われ俺も傷ついたんで」
梁くんはそう吹っ切るように言ったあと、店員を呼んでサワーを追加注文しました。そして飲んだこともないと言うジンも飲み干し、店を出る頃にはひどく酔っぱらっていました。どうやら私は梁くんのやけ酒に付き合ったようです。でも、彼は私の思っていた通り、懐っこく好感の持てる青年でした。私は弟のような梁くんの腕を支えアパートまで戻りました。
「気持ち悪いっ」
玄関まで来たとき梁くんがそう言うので、私は彼の部屋に上がり布団に寝かせて帰ることにしました。決してヤボな男ではないと確信していたからです。
「美穂さんありがとう」
彼は布団の中から私に礼を言いました。
「お大事に」
私は言うと靴を履きます。ふと、あるものに気付いたので思わず梁くんに尋ねてみました。
「これ、サザンのCDだね!好きなの?」
「好きになりました。義兄さんからの借り物です」
「そっ。私も最近好きになっちゃったんだぁ」
「あの~、日曜に姉貴夫婦が来るんで紹介します」
「それは遠慮します」
そしてドア越しに梁くんに言いました。
「私、梁くんの彼女ではないから。・・ごめんなさい」
丸くうずくまる青年に、優しく出来ない自分が腹立たしくもありました。
『ごめんね、梁くん。ほんとうにごめんね・・』
心の中でずっと呟きます。彼の下心を感じていたからです。
 自分の部屋に戻り一人になると、私は反省しました。私には大好きなYが居るのに、これ以上梁くんと仲良くなってはいけないんだという事です。例え友達だとしても、距離にしたらあまりにも近すぎます。ひと段落ついてからバッグからケイタイを取り出してみると、Yからのメールが届いていました。やはりYからのメールにはわくわくします。しかしそれは、次のデートが出張になりキャンセルというものでした。私は、**お仕事、頑張ってね!次のデートまで我慢します。 I love you1 おやすみなさい**と返信。それから寝ることにしました。こういうメールが来ると淋しさが募ります。淋しくなるとあれこれ考えてしまう私。無性に彼の声が聞きたくもなります。奥さんの手前、彼のケイタイにすら自分からは電話できないし・・。私にとっての恋愛って切なくて辛いのです。寝付く頃、ふと、勘のいい私は大変な事に気付きました。飛び起きると寝巻きのまま靴を履き、そして日景梁のインターホンを鳴らし続けました。やがてインターホンに出てきた梁くんは、相手が私と知ると直ぐ行きますと返事をくれました。
「ごめんなさい!」
私が慌てて言うと、彼も驚いたように私に聞きました。
「どうしたの突然!?」
「梁くん、この人知ってる?」
私はそう言って彼にケイタイの画像を見せました。

「いやー、知らないです。この人、誰ですか?」
梁くんは言うと私はホッとしたと同時に弁解してました。
「やっぱそうだよね。あり得ないもん。うん、この人は知り合いで、さっき梁くんの義兄さんサザンの曲が好きだって言ってたから」
「俺の友達にだってファンはいますよ(笑) 義兄さんだと思ったって・・??」
「それは・・・」
咄嗟な私には妥当な言い訳が浮かばなかったのです。
「わかった!この人彼氏でしょ~?いいんです隠さなくても」
「まぁ、そんなとこかも。でも独身だからね!私どうかしてるね」
「本当?まぁいいや。ちなみにうちの義兄もっと怖い顔してますよ。ボクサー目指してましたからね」
「へ~そうなんだ」
「美穂さんの彼氏さんてたまに来るんですか?どんな人かなー?」
「彼のおうち遠いいから中間で逢ってるの。それに紹介だなんて・・」
「すいません。これじゃストーカーだよな」
梁くんは苦笑いして言いました。
「梁くんカワイイから直ぐに彼女さん出来るよ!あ、こんな格好でごめんなさい。帰るね、おやすみなさい」
部屋に戻り頭の中を整理してみました。梁くんの義兄がYと思ったのは私の早とちりでした。そんな偶然ってあり得ないですよね?


 実はその後、私とYとの距離が遠くなっていったのです。多忙なYでもいいと思っていたのに、好きになるほど淋しさは拭(ぬぐ)え切れません。
 X'masのイブイブに私はYと逢いました。彼の都合で今年最後のデートになると言われてました。その日は平日だったのですが、午後休を取りお洒落して待ち合わせの鎌倉駅へと向かいました。私は冗談半分で、Yに婚約指輪が欲しいと言ってたのですが、プレゼントの中身はブランドもののバッグでした。それを知ったとき、心の中ではYの愛が他に行ってしまった様でなりませんでした。私に飽きたの?だろうとか、他に恋人が出来たの?とか・・もしくは奥さんと上手くいくようになったのでしょうか?
問う事もなく私は彼と葉山のホテルに入りました。私がシャワーを浴びている間、Yは仕事の資料に目を通していました。その時、自分なりの答えが出ました。Yは女にではなく仕事に恋しているのです。もしや?と思い、Yがシャワーを浴びてる間プレゼントを開封し、バッグの中に指輪が入ってないかを確認したのですがやはりありませんでした。求め過ぎなのは解かっていますが、その気があるのなら自分の気持ちに応えて欲しかったのです。Yはシャワーから出て来ると、ベッドの私と添い寝しました。いつもなら私が先に彼に触れるのに、私がじっとしてたので彼が私の手を握ってきました。Yは何となくいつもと違う私に気付いている様子でしたが、やがて私の体を愛撫し始めました。その右手が下に行った時でした。
「ねぇ、私たちって本当に愛し合ってるの?」
私は我慢できずその最中に言ってしまいました。Yは手を止めしばらく黙り込んでしまいました。
「好きだけど愛しているかは判らない」
Yから出た言葉です。そして私の横に寝てからYはこう言いました。
「美穂は女の子だから、僕ではない他の男(ひと)がいいって思うんだ」
「女の子?」
「淋しがりやだろ?君の場合、愛したいよりも愛されたいんだなぁって・・」
Yに言われ、私は自分の求める愛に気付きました。
「うん、女なら愛されたいかも知れないね」
と、私は答えました。そして彼は言いました。
「僕は妻の事そっけない人だって言ったよね?所詮自分も仕事に夢中で似たもの同士だったんだよね。夫婦としては上手くいってるんだと気付いた。愛の形って言うのか・・。けれど欲張りな僕は、君と居る時のような愛の形も求めてしまった。」
「もしかしたら奥さんも、そんな愛の形を求めているかも知れないわよね」
私は言いました。Yは肯いていました。彼はどうしたらいいのか?という目で私を見ました。
「祐一さん、最後に私を抱いて?」
私はYの目を見て言いました。しばらく彼は黙ったあと、私に優しくて甘いキスをしてくれました。初めてした時のキスを思い出させます。私の要望も満たされ、そして恋も終わりました。最後のドライブで聴くサザンのバラードは切ないのですが、私からある曲をリクエストしました。陽もすっかり沈んだあとですが、始めてドライブした時をもリワインドするかの様に海沿いの道を戻って行きます。‘真夏の果実’を聴きながら左手に広がる湘南の海に、三ヶ月前の出会った頃のTシャツのYを思い出しています。隣にいる今のYとは違う気がします。
 そしてYとは駅前でさよならしました。別れ際、「大人のあなたと恋できて幸せでした」とYに伝えました。クールに見えるYだってきっと辛いんだと思います。彼の前では不思議と涙が出なかったのですが、部屋に戻った途端Yへの想いに涙が止まりませんでした。Yはもっと前から二人の‘愛の形’に気付いていたのでしょうね。本当に好きでした。
翌X'masイブに、私は梁くんをデートに誘いました。さりげなく持つバッグはYからの贈り物ですが。
車の多い川崎の沿道を歩きながら私は梁くんに言いました。
「ねぇ梁くん?私が働くから絶対いい小説書いてね!」
「え?聞こえなかったからもう一度言ってください !!」
「貧乏でも愛があればいいよね!って言ったの!」
それを聞いた梁くんはマジに答えました。
「俺が有名になって美穂さんを幸せにしますよ!」
それから梁くんと私は恋に落ち今でも愛し合ってます。Yが言ってた「愛の形」を大切にしながら。それは私には「愛の意味」と捉えています。そんなYとの出来事は心の中にしまってあります。そうそう、最近梁くんから‘陽気なエリー’と呼ばれていますよ☆  *終わり*

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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東京都出身、横浜市在住
趣味:写真撮影、音楽制作、作家活動、野球、ドライブ、飲み会(笑)ほか多数・・・
『愛ラブYOU』では短編小説を中心にアップしてます。感想などお待ちしてます!!
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