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She is a star~運命の転機~
first section ~コンプレクス

 沙希(さき)は中堅の会社でОLをしていた。ナイントゥーファイブで、経理を担当していた。沙希は自分に自信のない女の子だった。まあ人並ではあるが、美人とは言えない外見にも妬みやすい性格にもコンプレクスを持っていた。他と比べると私は...という性格上のコンプレクスかも知れない。ただただ人から嫌われる事もなく、傍(はた)から見れば温厚な性格だった。沙希には青春時代を通して異性との楽しい思い出がなかった。恋がしたい年頃、自分の中で理想だけが膨らんでいった。そして沙希が19歳から二十歳の誕生日を迎える前日も一人淋しく部屋にいた。『今年も一人だったね』。そう心で呟きながら読み終えたハーレークイーンをそっと閉じた。ケータイに一通のメールが届く。[誕生日おめでとう^-^]故郷の兄からだった。沙希が東京に出てきた理由は特別な野望があった訳ではなく、離婚した母が実家のある東京にいたからだ。沙希は母が好きだった。あのとき父親がちゃんと母を説得してくれたならこんな事にはならなかったのにと思う。父親は浮気をしたのだ。というより相手の女に騙され、金まで奪われたのだった。優しい沙希はそんな父を恨んでもいなかった。そして自分に似て温厚な母親の実家に泊まりに行っては甘えていた。沙希は、離れ離れの父と母を復縁させようと思い始めた。母は父がまだ好きだったのだ。最近父も反省を見せ歩み寄っていた。「沙希ありがとう」両親からの言葉だった。沙希は生まれて初めて心が満たされていくのを感じた。
 肝心の沙希自身の事だが、最近職場に新人の男が入ってきて気になっていた。彼は通路を隔てたデスクから沙希を見つめていた。悪い気すらしない。恋に臆病な沙希は、同じフロアで働くその新人Tを意識し始めた。それなのにTが近付いて来ると避けるように目線を逸らした。コピーをしに行く時も、途中のデスクに彼がいれば回り道をして行った。裏腹な態度がまた自分の嫌な所だった。自分の殻に閉じこもってしまうのだ。その日は二十歳の誕生日であった。しかし二十歳を境に、運命が変わる。
 数日後、部長から社会保険等の身元の記載のため、高野の履歴書を預かった。高野とは気になるTであった。誰もいなくなった昼休み、こっそり机の引き出しから履歴書を取り出し目を通した。趣味の欄には‘絵画’と書き込まれてあった。スポーツマンというよりはインドア的な趣味で、もしかしたら根暗な自分と合うかも知れないと沙希の彼への興味が再び湧いた。実は二十歳になった晩、同期で営業課にいる衣里加(えりか)からディナーの席をプレゼントされた。ワインに酔った勢いで、沙希は「Tさんの事が好き」と彼女に言ってしまった。沙希からそんな言葉が出たのを意外そうに衣里加は思ったのか、関心を示していた。次の週末にボーナスが出ると、二人して服の買い出しに出た。衣里加のコーディネートもあってか地味な沙希がオシャレに変身した。
 毎朝仲の良い衣里加と休憩所で逢うのだが、衣里加はすぐに濃くなった沙希の化粧に気付いた。衣里加は別フロアにいて外回りもする。綺麗な上、明るくモテる女の子だったが、沙希の心も解かる親友だった。それに衣里加が失恋しへこんだ時も、沙希が話を聞いてあげそれが慰めになったのだ。その時、恋愛経験のなかった沙希は、失恋の話を聞くだけで精一杯だった。
 その日の帰り終業時間を合わせた二人は、社から坂を降りたとこにある品川駅前のカフェでお茶をした。シトシトと梅雨の雨が降る夕暮れだった。衣里加がTの話題を切り出したとこで見覚えのある顔の子がやって来て席に着いた。これまた同い歳であるが、最近になり支社から衣里加の部署に来た子であった。
「初めまして!神崎藍ですぅ」関西弁のイントネーションで話す藍(あい)という女の子は、これまたカワキャラで沙希はコンプレクスを感じた。それでも藍の笑顔が乗り移ってか、沙希もそのパワーを受け笑顔で応えた。
「あっ、水谷沙希です。よろしく」
「カワイイやんね~」藍が衣里加の顔を見て言った。沙希は自分の事を褒められてるのが意外だった。
「かわいくなんか…」沙希はとっさに否定していた。
「でしょ!?」と、ワンテンポ遅れ衣里加が答えた。
「ありがとう。確か山科支店から来たんですよね?あっ私、経理やってるから…」沙希は礼を言い蛇足した。すると、ニコリとして藍は言った
「おおきに。でもあまり使わんよ。あっ、高野さんの事なんやけどな。カレ、藍のお友達なん。この会社勧めたのも藍だよ!カレ、私たちより2こ上やね」
「はぁ…」沙希は驚きも無く聞いていたが、藍がそのTさんを紹介すると言い出したときには流石に動揺を隠せずその顔を赤く染めていた。
「高野さん、おとなしそうだから沙希とお似合いだよ」横から衣里加がフォローした。沙希にとって衣里加は、何でも話せるお姉さんタイプだった。
「お願いします」沙希はぺこりと藍に頭を下げた。藍は席を立つとケータイを広げ、何処かに電話し始めた。数分後、YシャツにスーツパンツのTがやって来た。
「こんばんは」Tは沙希の目を見て言った。
「あっ、こんにちは」沙希は動揺してか飲んでいたアイスティーのグラスをとっさに置いた。
「じゃ、私たちはこれで」と言い二人は席を離れて行った。その言葉を言ったのが衣里加だったのか藍だったのか判らないほど沙希の頭の中はパニくっている。振り返ると衣里加がピースしていた。
「コーヒー。アイスで」Tはやって来たボーイに言った。そして「実は僕もこういうのは苦手で」と言って目を逸らせた。少し間が空いた。何か言わなきゃと沙希は思った。
「お話したの初めてですね」辛うじて沙希はそう言えた。
「初めてですね」と、短い返事。彼も口下手なのか?沙希は、無言を計ったあとで続けた。
「高野さんも関西出身なんですか?」
「俺は東京だよ。そっちは前橋出身だったね!?色々と衣里加ちゃんから聞いたんだ。あっ、これから‘沙希’って呼ぶからね。だから沙希もコウジでいいや」突然Tの口調が変わり沙希は驚いた。Tは自分と違く異性慣れした感じであり、そこからは職場とも違う軟派なイメージさえも感じた。
「いえ、私より年上だし、私は高野さんで…」
「そうか」
沙希にとって初めての彼氏が出来た。それから二人は喫茶店を出ると、手を繋ぎ駅まで歩いた。雨は止んでいた。彼の手は冷たかった。
「あっ、会社の人に見られたらはっきり言うよ。俺たち恋人だ。ってね」Tはにやけて言った。
「私なんかと付き合ってるなんて言っちゃっていいんですか?」
「もちろん。聞いちゃったけど、好きなんだろ俺の事?でも沙希って自分が思うほど悪くないよ。可愛がってあげるからね」沙希はTのその言葉に甘えていた。思いきって彼の手を強く握ってみた。仕返しに強く握り返された。Tは笑っていた。沙希はまだ彼の顔をちゃんと見ることは出来ず、照れながら思った事を言った。
「高野さん、約束して欲しい事があるの」
「何?」
「あの二人には何でも報告しないで欲しいなぁって…」
「そうだよな。わかった!」
「沙希も言うなよ」Tは意味深に笑っていた。
あの二人とは衣里加と藍の事だった。優しく引っ張ってくれそうなTを、沙希はすっかり身近に感じていた。それでも自分に彼氏が出来た事が不思議な気さえした。
「美味しいラーメン屋があるんだ。行くか?」
「行きます!」沙希は元気な返事をした。

second section~Tの正体

 絵かきの一面を持つTは、美大出身だと言う。趣味で勉強しただけという彼の絵はとても奇抜で、行動もインドアではなくむしろアウトドアであった。RV車に乗せられ、辿り着いた湖は伊豆の一碧湖であった。そこは緑の中の小さな湖で、近くには丸く小高い大室山も見えた。Tは強引なとこがありながらも、頼れるお兄さんタイプだと沙希は思った。木陰に入った時、生まれて初めて沙希は唇を奪われた。帰り道、渋滞の先にラブホの看板を見つけたTは、「寄って行くよ」と沙希に言った。覚悟はしていたものの同意を求めず決めてしまうTに反感を抱いた。それでも、未知の興味と好きな彼の要望を受け「ノー」とは言えなかった。何よりも自分と付き合ってくれるTを失いたくはなかった。しかし、その行為は彼の欲求を満たすものであり、沙希にとって感じるものではなかった。それが普通なのかと思う事にした。それから幾度となくそんなデートを重ねていった。
 沙希は初めて彼氏を一人暮らしの部屋に呼んだ。Tは部屋に入ると同時に、いきなり沙希を押し倒した。犯された沙希は抵抗したが、持っていた紐で体を縛られた。そして気絶するほど酷使され、気付くともう彼の姿はなかった。沙希はただただ泣いていた。Tにとって相手の気持ちはどうでも良く、自分の体が目的だったと沙希はようやく気付いた。考えた末、Tに「別れたい」とメールを入れると、「職場の人にバラすぞ!」と脅された。職場でのTとは別人だったのだ。
 沙希は、翌日からメンタル的ダメージで仕事を休み続けた。異変を察知した衣里加が沙希の部屋を訪ね一連の話を聞きだした。翌日、沙希の元へ藍が謝りに来た。藍の話によると、Tは元営業先のお得意さんで、同じ社内でのもめ事から転勤したいと藍に相談し、自分の会社への紹介を持ちかけたという関係だった。数日後、Tが退社したと衣里加が報告してきた。男性不信と恐怖症に陥った沙希は、自分も会社を辞めていった。今後もし沙希に関わったら警察に言うとハッパかけたという藍のフォローも効いてか連絡も無くなった。それでも沙希は電話番号もアドも変え、引越しまでもしてTを忘れようとした。沙希を受け入れてくれたのは、一人暮らしをしていた衣里加だった。

third section~葛西の仕事

 都内にあるスマイルガレッジスタジオでは、秋元靖プロデュース、アイドルユニットAKB38の『スカーフ、ひらり』のレコーディングが始まっていた。宣伝力やバックアップのあるもので既にヒットは約束されたものだ。そうであってもミュージシャンは皆、力を注ぐものだ。オリジナルも作るアレンジャー、POPSTARがコンソール前のテーブルに自前の譜面を広げていた。今回はリズム録りからギターのオーバーダビングまでだった。簡単に言うと、バンドでないアーティストの録音に於いては打ち込み音源が主体で、個々に音を重ねて行くパターンが多いのだ。そこへチーフエンジニアの葛西洋志(かさいひろし)がやって来た
「POPSTARさん、ボーカル録りのスタジオは何処でしたっけ?」
「一口坂だね」POPSTARは、それだけ言うとベーシストのウマミツカカレーを呼び、ベースの差し替え譜を渡した。アンチックな音にしたいと、ドラムも生に差し替える事になっていた。その間、マ二ピュレーターの石橋がPCのキーを叩き、シンセサイザーの音源からリズムトラックをミュートさせた。
「ミキサーさん、1チャンから10チャンまでオフってくれますか?」石橋が言った。
「了解」葛西は返事をしてからブースにいるアシスタントのサトシにドラムの音をくれるよう、卓のマイクで伝えた。ドラムはスタジオミュージシャンでベテランの青山淳だった。マイクにはダイナミックマイクと、48Vファンタム電源を必要とするコンデンサーマイクとがある。ドラムに立てるマイクはおよそ10本にもなる(説明省略)。葛西の仕事は一言で言うと全ての音を操る録音屋だ。
「そろそろいかない?」POPSTARが葛西に言った。ディレクターはレコード会社から監督に来ているような立場でひたすらコーヒーを飲む事に夢中だ。葛西はサウンドチェックを終えるとアシスタント(ハウスミキサー)のサトシに声を掛けた。ハウスミキサーとはそのスタジオ自体に勤め、仕切るミキサーを指す。売れっ子エンジニア葛西も元はアシスタントからチーフになり、今やフリーでミキサーズラボ(集団)の会員になった。まだ25歳であった。今朝L・Аから帰国したばかりで寝ずにインしていた。
 やがてマルチが廻った。ひと昔前であれば大きなオープンリールが廻るのだが、時代は進んで箱の中の見えないハードディスクが廻るだけだった。葛西はヘッドフォンを付けフェーダーに指をかけていた。他のミキサーは常にスモールスピーカーに頼るのだが、葛西は違かった。大音量で耳を悪くした訳でもなくそれが自分のスタイルだった。バラードとは違い、常に0VUの附近に音が集まる。葛西には新たに一つ、やりたい事があった。それは無名のアーティストをプロデュースするという事だった。勿論それは、企画から作曲までも含んでいた。
「何食べたいですか?」サトシがディレクターに聞いた。ディレクターはPOPSTARに振った。
「特上握りで!」POPSTARは言った。
「わざとでしょ?」葛西は録ったばかりのテイクをプレビューさせながらPOPSTARに言った。結局洋食メニューになった。レコーディング作業での食事は出前が多い。精神的にも缶詰になるからだ。夕飯を挟んだあとカップリングの方に取り掛かった。次回はこの二曲のヴォーカル録りへと移行する。
 レコーディングは午前二時に終了し、それぞれが散っていった。ディレクターがマスターテープを持つ。葛西も遅れて地下のスタジオから外へ出た。葛西のメタルのZは、深夜の首都高を半周しベイエリアにある自宅マンションに向かった。葛西のケータイには有名人が何人もインプットされていた。坂本竜一とも飲んだ事がある。教授は飲めないので、というエピソードは内輪では有名だ。葛西は専属でB’sと愛内里奈を手掛けていた。週末はアイドル畑のPOPSTARからの仕事で、SNAPのヴォーカル撮りが入っていた。
 17階にある部屋に着いた葛西は、久しぶりにレインボーブリッジの夜景を見た気がした。ワインを開け一息つくと、放置してあったプライベート用のケータイを手にした。普通の友達を大切にしていない葛西だったから、ほとんどこちらにはメールすら来なかった。それでも1週間B’sとアメリカに出ていた事もあり何件か新着があるようだ。その中に一つ気になったメールがあった。
[昨夜は楽しかったです☆葛西さんてお仕事何してるんですか?私も働かないとって思ってます。ちっぽけな事で悩んでるような子じゃ嫌われちゃいますね★おやすみなさい。水谷沙希]
『水谷沙希?誰だったかな…』葛西はベッドに横になるとそのまま寝付いてしまった。

fourth section~未来を歩く(一章)

 沙希が最初に知ったのは自分を弄んだ男。あの辛い出来事からも、時間が経つ事で自分を取り戻せた気がする。休職中いい事があった。それは両親の復縁。そして衣里加と藍と3人で広いマンションを借り共同生活を始めたこと。女同士の生活は初めは良く後に喧嘩というが、この三人にはそれが当てはまらないようだ。それぞれに部屋を持ち干渉しない事もあるし、沙希が次の職に就くまで家事を担当し皆をまとめていた事もあった。沙希は美女2人の影響を受け、女らしく綺麗になっていった。
 共同生活を始め三ヶ月経った頃、彼氏のいない3人組みは赤坂のclubに出向いた。その時3人組はイケメン2人組にナンパされ、そのあとカラオケに誘われた。どう考えても沙希は自分が邪魔だと思っていた。案の上、彼らは殆ど衣里加と藍とばかり会話を楽しんでいた。綺麗になったと自分では思っていたのに世の中そんなもんだ。そんな沙希は蚊帳の外にいた。嫌な顔をしないようにしていたものの心の中では酷く傷ついていた。とてもじゃないけど沙希に歌の順番が廻ってきても歌える状態じゃない。それに最近カラオケで歌った覚えすらない。そこにスマートな男が入ってきた。和んでいた空気が一瞬なくなった。その男は他の二人とは何か違う雰囲気があった。長めの髪が色っぽく優しそうな男であった。沙希は不思議と笑顔となり挨拶をした。男は二人から葛西さんと呼ばれ、先輩を慕っている感じでもあった。沙希はその男に一目惚れした。そんな葛西は、綺麗な藍と衣里加の間にと男たちに勧められ座った。それでも葛西は沙希の置かれている状況を見抜いたのか、さりげなく沙希の隣に座り直した。そして優しく沙希に話し掛けてきた。
「良かったら歌ってごらん。歌は得意?」
「はい」それは沙希から出た本音だった。少女時代は歌のテストで満点を出す子だった。中学に入った頃、自分には魅力がないと思い始め、夢も消滅していった。母も家から出て行き、反抗期に差し掛かった。優しい兄がいつも沙希を受け止めてくれたから冷静で居られたのかも知れない。今、沙希は無心で歌っていた。何故か皆が静まった。肝心の歌はツッカエツッカエだった。歌い終えたとき皆が手を叩いてくれた。部屋の中は3つのカップルに別れていた。衣里加たちは席を外し男とアドレス交換していたようだ。その後、解散して沙希は葛西とも終わるかの様に思えた。そんな時さりげなく彼が、アドレスを書いた紙を沙希のバックの中に差し込んだ。異常なくらいトキメキが走った。
 一週間して沙希のケータイが青く光った。受信ボックスまで作っていたほど待ち焦がれていた人からだった。葛西からメールが届いたのだ。
[先日は楽しかったね。いま休職中だって聞いたけど、良かったらバイトしないかな?]
あまりの短文で意味が解からなかったのだが、早速沙希はメールを返してみた。するとすぐに返事が来た。ОKなら今から迎えに行くからという妙な返事だった。沙希は急いで準備をすると指定された交差点まで出て行った。もう男性不信の沙希ではなかった。少し待つと葛西がメタルのZで現れた。車に乗り込む。
「これ、今日君にやって貰う仕事」葛西はそう言ってメモを取り出し沙希に渡した。沙希はそれを受け取り首をかしげた。
「葛西さんの仕事って?」沙希は疑問に思い尋ねた。
「日本語で言うと録音屋ってとこかな」そう言って葛西は笑ってみせた。
「へぇー」沙希には解からなかったが、納得したように答えた。
「ここで降りて待ってて」
そこは麻布の裏通りにあるマンションの一角だった。
「いい?俺の事、ただの知り合いって事にしといてね」
「はぁ…」
「君は今日CDデビューするんだ。ワンフレーズだけどね。それから挨拶は大きな声でね!」葛西は言った。そして、戸惑う沙希とレンガ造りの階段を下りて行くと、地下ながらガラス張りのテラスにドアがあった。そこには‘スタジオふぁーむ’と書いてある。
「おはようございまーす」二人して言った。
「まだ来てないみたいだな」
「誰が?」沙希は訊いた。
「スナップだよ」

 とても感激したと言う沙希は、レコーディングのあと暫く興奮していた。プロのコーラスに交じってのものであったが、コーラスさんから綺麗な声だと褒められたりもした。そのあとSNAPのメンバーが来て沙希も見学させて貰い感動した。帰りの車で沙希は葛西に言った。
「葛西さんて凄い人だったんですね」
「まあね」葛西は鼻高々に答えると続けて言った。
「忙しくて自分の時間がないんだよ」
「大変なお仕事ですね」
「だから帰って寝るだけ」不満げに言う葛西だった。沙希は勇気を出して言った。
「こんな私ですが、良かったらお友達でいて下さい」
「こちらこそヨロシク!」
待ち合わせた交差点で降ろされた沙希は、ルンルン気分でマンションまで帰っていった。今日あった事全てを衣里加と藍に話した。二人は快く聞いてくれた。ただ、葛西の仕事に関して沙希よりも先に知っていた様子であった。
「沙希ちゃんがこんなに明るいの初めて見たよ!」藍が言った。
「そうかなぁ~。あっ、ごめんなさい。自慢しちゃったみたいだし」と、沙希が言った。藍が衣里加を見て目で合図をした。間を空けて衣里加が言った。
「沙希、この前カラオケ行ってから私たち彼氏が出来たの」
「じゃぁ…あの人達と!?」沙希は驚いた。
「そうだね。でね、沙希も葛西さんと上手くやって欲しいなぁって思う訳で…」と、衣里加が気遣う様に言った。
「でも、私達はそんな仲じゃ…」沙希はそう言うとほんのり照れていた。
「葛西さん、彼女いないって聞いたよ。好きなんでしょ彼の事?」藍が真剣に沙希に言った。
「…うん。でも…」
「いいじゃん。でも楽しみだね!沙希」衣里加がこの場をまとめた。この夜、三人でワインを1本空けた。

 沙希がした事は自ら葛西にメールを入れてみる事だった。臆病で待つタイプの自分がここまで本気なのは、彼に興味を持ったからだった。「おはようございます!」と送ると、「おはよう」と返してくれた。単純な内容でも続ける事で相手の意識も増すだろうと考えた。午前中は寝ている場合が多い事を知って謝った。直ぐに返信してくれた葛西の優しさも好きだった。そして葛西からモーニングコールを頼まれる様になった。そんなある夕方、沙希のケータイが鳴った。
「もしもし沙希です」
「沙希ちゃん、話があるんだ。今から会えない?」
「はい、いいですよ」
「じゃぁ30分後、信号のとこで待ってるね」そう言って葛西は電話を切った。前回同様、沙希は急いで化粧を始めた。まだ同居人の二人は帰って来ない。家事担当とは言え晩御飯は個々にフリーだったから、気遣わずに部屋を出た。
 1時間後、沙希は葛西と羽田空港の展望レストランにいた。窓際の席に案内されると有無を言わさず、葛西はコース料理を頼んだ。向かい合う二人。すっかり暗くなった窓の外は、青やグリーンなどの誘導灯を散りばめた滑走路が見える。それを眺めているだけでロマンティックさえ感じる。秋のジャケで決めた葛西は、料理が運ばれて来る間沙希の顔をじっと見つめていた。
「こういう場所緊張します」沙希は胸のドキドキを打明けた。
「俺もドキドキしてるよ」
「えっ!?」一瞬間が開いて、二人の顔から笑みがこぼれた。沙希は思う。-彼が大人っぽく見えるのは、きっとこんな場を沢山踏んでるからだと…。それに彼は音楽業界の真ん中に身を置いている。彼を尊敬してるし、落ち着いた冷静な目が好きだ。電話では言葉が出てくるのになっ- 今晩、告白されたら?と思うと堪(たま)らなく落ち着かない。
「何考えてるの?」葛西は沙希の方に身を乗り出し悪戯っぽく言った。
「別に…」
「自分の気持ち、言った方がいいよ!沙希はスターになるんだから」
「★になっちゃうんですか?」沙希は笑いながら言った。
「そう、★に…」と、葛西はウェイターからサラダを受け取りながら言った。
「今度POPSTARに逢ってみてくれないか?」
「この前のアレンジャーさんですね!…でも私、」
「あっ、焦らしてごめん。君の才能を試してみたいんだ」
「才能?」
「才能だね!あれは。沙希ちゃん歌うと水の様に澄んだ美声になるんだ。マイク通すと他にないくらい抜けがいい。あとはリズム感さえ養えばいいんだけど…」
そう葛西は絶賛したあと付け足した。
「デビューさせたい」
「嬉しいです!」それは沙希の口から素直に出た言葉だった。
「但し2点努力する必要があるかな。一つはリズム感や発声のレッスン。リズム感は大切だよね!?. …それと、人前で歌える自信。歌ってる時だけでもいいと思う。普通っぽいとこが売りだからね!やってみる?」
「はい、お願いします!」沙希ははっきりと答えた。気付くと3つ目の料理を食べていた。ホワイトソースがのったチキンであった。話が大き過ぎて味など覚えていない。ただ、帰りの車で見た夜の湾岸線が見えない未来を暗示するかのように流れていた。
「売れたら俺と付き合ってみない?」葛西は笑いながら沙希に言った。
「売れたら、ですか?」沙希は不満げに答えた。そもそも沙希にとってすべてが夢の中の様で仕方ないのだが…。それから会話もなく無言になった。車は水銀灯のトンネルをくぐっている。葛西がカーステのスロットにMDを挿した。綺麗なバラードが流れ始めた。それは歌の入っていないカラオケであった。まもなく車は一般道に出、路肩に車を止めた葛西が口を開いた。
「これ、俺の書いたアレンジ前のメロ。これを君に歌って貰いたい」
「素敵です。葛西さんて作曲もするんですね!」
「うん」葛西はそう言うと無表情のまま煙草に火を付けた。沙希の方に煙が流れてきた。
「ごめん、ずっとやめてたんだけど」そう言いながら葛西は慌てて窓を開けた。こんな風にいつも気遣ってくれる彼が好きだった。そのあと「この曲の歌詞なくしたかな?」と慌ててポケットの中を探している彼を見て、沙希は思わず含み笑いをしてしまった。彼は思い出した様に後部座席に置いたポーチを取ると、中から小さく折られた紙を取り出した。それを渡された沙希は、折られた紙を開くと走り書きの歌詞を目にした。
「沙希ちゃん、こんな恋愛したことある?」
「…ないです」
「じゃあ歌えないなぁ~。今からでも遅くないからしてみようか?」
「今から?」
「そう、今から」
「誰と?」
「横の人と」沙希は俯(うつむ)いた。
それは凄い提案なのか、からかわれているのか判らなかったが彼を信じてみようとした。好きだったからと言えばそれまでだが…。
タイトルは“Truth love~未来の約束~”だった。ちゃんと詞を読んでから沙希は『してみたい』と思った。
「でもこの約束って叶わないかもしれない…」
「そうだな」葛西は頷いて言った。
「じゃあ止めときます」沙希はガッカリした口調で言った。
「この役、本当に自分には無理だと思う?」葛西は沙希を凝視して言った。沙希は考えたあと首を振った。
「夢も恋も同じ位簡単には叶わないものさ。これから君が歌手になる事に関して、恋に溺れていちゃいけないと思う」
「はい」
「俺は沙希ちゃんの事が好きだよ」
「本当?…嬉しいです」
「最初に夢を叶えて欲しいんだ。実はこの夢って俺の夢なんだけどね!」
「私の夢でもあります」
「デビューが叶い、オリコン30位に入ったら俺の彼女になって貰いたい」
「30位ですか?」
「元を取る為にも…。かなり難しいぞ!その代わりバックアップ固めて宣伝力も使うんだ。先日POPSTARとも話たんだけどね」
「葛西さん頑張ります!宜しくお願いします!」
葛西から握手を求められた。この時、歌詞の中のドラマが始まった。

five section~未来を歩く(二章)

 沙希は多忙な葛西に、毎日のように連れて歩かされた。最初に連れられたのはアマチュアバンドのライブであった。愉快なバンドもあれば、オケを流し一人熱唱するアーティストもいた。次に葛西の経費でボーカルレッスンが開始された。初日から厳しい指摘もあったが、大好きな葛西との夢に向かって前向きに努力した。それでも元々人前が苦手な沙希は、その事を葛西にも言えず悩み始めていた。暫くして仲良し三人組の共同生活にも変化があった。元々タレント志望だった衣里加がオーディションに受かり事務所の傍にある寮に入る事になったのだ。
「ごめんね、沙希。藍ちゃんと仲良くやってね!今日、藍ちゃん遅いね~」衣里加が言った。
「うん。衣里加も頑張ってね!そうだ、藍ちゃん今日は営業で大阪まで行ってるから遅くなるってメール来てたんだった」
「二人が仲良しになれて良かった」
「うん。私も少しだけど給料出るようになったから平気だよ!」
「あっ、沙希と私どっちが先に売れるかな~?」
「私、悩んでた事があったんだ。でも吹っ切れたよ」
「そうなの?…何となく解るよ沙希の悩みはね!でも沙希って歌手に向いてるから」
「どうして判るの?」
「だって、部屋で楽しそうに歌ってるんだもん。とってもステキな声だね!!っていつも藍ちゃんと話してるんだよ!」
「ありがとう。でも課題が沢山あるから大変なんだ~」
「どんな仕事でも楽な事はないって事だね!」
「フフフッ」
「沙希強くなったね!!」

 その夜、沙希はサウンドインCスタにいた。
「アレンジャーのPOPSTARさん」と、葛西は改めて沙希に紹介した。
「沙希です。宜しくお願いします!」
「よろしくっ」POPSTARは言うと葛西に言った。
「昨夜WIN音楽出版の小谷さんと話付けてきたよ」
「どうでした?やっぱ渋い?」
「デモ聴いて良かったらWINの事務所からデビューさせてもいいって」
「ほんとにー!」葛西は驚いて言った。
「俺に感謝しろよ」POPSTARは笑って言った。
「沙希さん、今日は僕が作ってきたオケでデモ音源を作りましょう」POPSTARは言った。
「はい!」
「ではヴォーカルブースに」葛西がそう言って沙希をブースに連れて行った。
「ヘッドフォン付けて待っててね。それからこれはキューボックスって言ってここで歌いやすい音量に調節して。この辺が基準だから」そう言って葛西はコントロールルームへ戻って行った。沙希は緊張してきた。が、歌の先生の教えで緊張をほぐしてみた。不思議な事に、マイクに向かうと自然と張りのある声がフィードバックしてきた。葛西が「本番行こう」と卓のマイクから告げるとイントロ部後半から曲が流れてきた。 二回通しで録音が終わると、部分的にパンチインという作業で修正加える節を録っていった。一回一回細かい指示が飛び交う。そのあとコンソール(ミキサー)前に集まり次の作業に入った。OKテイクを生かし、NG部分をミュートしていくというもので、エンジニアの葛西は音量をいじりながらコンピューターに記憶させていった。葛西は日本でも指折りの音のマジシャンである。自分の声なのに自分の声に聴こえないくらい厚みあってピークの整ったものに仕上がった。
「ちょっと待ってて!」そう言うと葛西はCD-RОMにミックスダウン(=トラックダウン)したものを沙希に渡した。
「初レコーディングの記念だよ」
「はい」
沙希はPOPSTARにも礼を言った。
「あっ、営業してるお友達いるって聞いたんだけど、いま僕のマネージャー探してるんだけど…」
「一人タレント事務所に入っちゃったんですが、もう一人います。可愛い子ですよ」
「ヨシ!決まりだ。金額は出すからって聞いといてくれないかな?」
「聞いときます」沙希は返事した。

 翌日沙希は、WIN出版の小谷宣伝部長に会いに葛西と車で出掛けた。沙希にとって、所属を希望する事務所への面接となる。葛西は小谷とは面識がないと言っていたが、POPSTARからの紹介でアポイントを取ってもらった。会議室で待たされていた沙希の前に恰幅のよい中年男性がやってきた。葛西はいなかった。
「北村沙希さんですね?」小谷は席に着く前に言った。
「はい、北村沙希と申します」沙希は線の細い声で答えた。
「随分行儀が良いんだねぇ」皮肉にも聞こえたが、小谷の表情はにこやかであった。
「ところで、沙希さんはソロアーティスト希望でいいのかな?」
「はい。葛西さんの意向でもありますから…」
「あっ、あとひとつ?…葛西くんとは今現在、男女の仲なんて事は?あっ、正直でいいんだよ」
「ありません。尊敬してますが」
「わかりました。君の歌を今聴かせてもらったんだけど、いいねー」
「ありがとうございます!」沙希は頭を下げた。
「ヨシ、うちからデビューさせよう!」小谷は腹を決めたかの様に沙希にそう伝えた。
「宜しくお願いします」
「審査のあと手続きになると思うから明日の、そうだねー、昼の三時にまた来て貰うおう。住所と誓約書だけ書いといて貰おうかな」
 WIN出版から出た葛西と沙希は、駐車場まで歩いていた。沙希は葛西に聞いた。
「WIN出版て、レコード会社だったんですね」
「いやっ、あくまで君に仕事を与える事務所であってレコード会社はこれから決める。実は僕とPOPSTARがレーベル作ろうかと思ってる。つまり、ちょっとしたレコード会社をね!」
「はぁ…。でもその方が安心できます!」沙希は葛西の言葉に歓喜した。
「そうか。ま、こっちは大変なんだけど」葛西はそう言ったあと悪戯っぽく笑った。
「それから、プロデューサーは俺だからね!初のプロデュース。新米だなっ」
「今日はこれからレコーディングなんだ。今日の仕事はこれまで。品川まで送るよ」
「明日は?」
「一人で来れるだろ?」
「葛西さんは?」
「いつも一緒には居られないよ!? 歩いた道よーく覚えとくんだよ!そこ、地下鉄の駅だから」
「地図貰ったから…」沙希は寂しそうに言った。
「あっ、私ここでいいです」沙希はそう言うと葛西にお辞儀して駅の階段を下りていった。
『私情を出してはいけなかったんだ。ごめんなさい』沙希の目から涙がひとつふたつこぼれた。駅のベンチで電車を待つ。気付くと傍に葛西が立っていた。沙希は驚きながらも傍まで行って謝った。沙希は葛西に肩を抱かれそっと口付けされた。そして電車が入ってくるまで抱き締めてくれた。
「小谷さんに見つかったら…」その後の言葉を遮る様に電車がホームに入ってきた。

 デビューシングルのレコーディングを終えた沙希は、群馬県高崎市にある実家にお土産話を持って帰郷した。幼い頃、歌手になりたいと言った時の父親の反対を今でも覚えていた。復縁後は母親も東京から高崎に戻っていた。その母が戻り心なしか温厚になった父は、沙希のデビュー話が本物だと判ると素直に喜んでくれた。そして仕事から帰宅した兄の顔を見たとたん涙が出てきた。兄の優しさは過去の沙希にとって希望を与えてくれた。そんな兄の部屋の一部がかつての沙希の部屋でもあった。夜、階段を上り兄の部屋に忍び込んだ沙希は、兄の布団の横にもう一つ布団を敷くとそこに潜り込んだ。兄孝之は動じる事なくデスクのパソコンで写真の編集をしていた。
「お兄ちゃんの写真売れるといいな」沙希は言った。
「趣味だよ」孝之は照れる様に答えた。
「ね、私の名前がテレビとか新聞とか雑誌に出てきたらお兄ちゃん喜んでくれる?」
「沙希が? 心配でしょうがないかもな」
「売れたらお兄ちゃんに新しいカメラ買ってあげるよ!」
「その言葉覚えとくよ」
兄孝之は笑って言った。沙希は中学高校と、バイトをしていた兄からよくお小遣いを貰っていた。深夜、沙希は寝付いた兄の手を掴むと心の中でそっと呟いた。
『お兄ちゃん、早くいい人見つけてね…』
そのあと沙希は、バッグの中から少し早いクリスマスプレゼントを取り出し枕元に置くと階段を下りていった。小包の中身はセーターだった。

 クリスマスイブ、忙しかった葛西と沙希は運良く逢うことができた。すっかり暗くなった夕方、沙希は青山にある事務所から地下鉄大江戸線で大門に出る。いつも以上に寒さを感じた。歌手という事になると空っ風で喉を痛める事も厳禁だった。駅で墜ち合って近くの焼き鳥屋に入ると、二人はカウンター席に座った。さほど広くもない店内はサラリーマン客で賑わっていた。「メリークリスマ~ス」お座敷から聞こえてきた。
「チキンはチキンでも焼き鳥じゃーダメねー」葛西は酒が入ったのか愉快そうに言った。沙希は酒が飲めず、烏龍茶を口にしていた。
「葛西さんが車でないの珍しいです」
「そうか?俺、売れっ子だから電車乗れないのよ~」
「そうでしたね」沙希は冗句にも取れる葛西に相槌を打った。
「ひとつ重要な事を話すの忘れてた!沙希は汐美って名でデビューさせたい」葛西は言う。
「シオミ?」すると葛西が沙希の手のひらに漢字で指書きした。小一時間してお茶漬けで締めると葛西は言った。
「このあと何処行こう?」
「葛西さん酔ってるから…」
「酔ってるから何?」
「私が自宅まで送ります!」
結局タクシーを拾い、二人は芝浦のマンションに向かった。タクシーの中で酔いが覚めたかの様に葛西は黙って窓の外を眺めていた。沙希はもっと一緒に居たい気持ちを言葉には表せず俯いていた。沙希の手に五千円札が握らされた。
「運転手さん、芝浦からはこの人送って行って下さい」
「わかりました」二人に気を使ってか無口になっていた運転手が答えた。タクシーが葛西のマンションの下に着いた。
「あっ、一緒に降ります」葛西はそう言うと沙希の手を引いて車を降りた。沙希は目の前の高層マンションを見上げてから葛西の顔を見た。
「今晩は汐美としてじゃなく、沙希として付き合ってくれないか?」
「なら私も葛西さんじゃなく洋志さんとして付き合ってもいいですか?」
「いいよ」葛西は答えた。それは恋人成立の瞬間だった。約束よりもちょっと早かったのは、二人の気持ちが抑えきれなかったからだろうか…。二人は朝まで甘い時間を共にした。

 藍はイケメンボーイとの破局を切っ掛けに会社も辞め、POPSTARのマネージャーになった。事務所には数人のアシスタントが居て彼らの管理も任された。映画好きな藍は、POPSTARに映画音楽の以来を勧めた。そして密かに女優になりたいと誓う。一方、タレント事務所に入った衣里加は、沙希よりも一足先にCMでデビューをした。

 新年早々、汐美のデビューの日が正式に今月21日と決まった。自分の事じゃない様に足早に進んでいくのが怖くも感じた。が、沙希は成長していた。夢という現実をレコーディングで叶え、出来上がったCDを配り、ラジオ回りもした。そこでの出演こそなかったが、ラジオで流して貰える事になった。自分の知らないところで着々と歌が一人歩きしていた。小谷の力で歌番組でのテレビ出演の収録も決定した。CDデビュー前日だった。その日、PA(ライブミキサー)として某コンサートツアーに出ていた葛西から祝福のメールが届いた。
 
 収録日、葛西は大阪での仕事が入っていた。その前日、葛西はライブのリハで大阪に居た。リハが終わりスタッフと夕飯に出る際ケータイが鳴った。WIN出版から汐美に付いたマネージャー田辺広子からだった。その話の中味は葛西が気になっていた事でもあった。
「葛西くん、私の目からなんだけど…汐美ちゃん昨日から様子がおかしくてちょっと心配だな」広子が言った。
「報告ありがとう。収録は何時から?」
「10時の入りで上がりが16時かなっ」
「汐美の収録予定時刻はわからないでしょ?」
「頭の方で入ってますよ。まさか葛西くん!夕方から仕事じゃ!?」
「行きます。明日でいいんであの子に伝えておいて下さい」
同じホテルに宿泊するはずだった舞台監督から了承を得た葛西は、15時の戻りを約束して取り急ぎ新大阪の駅に向かった。

 その朝、沙希はマネージャー広子とタクシーでお台場にあるフジテレビに向かっていた。
「葛西さんも来てくれるって!」広子は明るく言った。
「今日も大阪じゃないんですか?」
「うん、用事出来て戻っているみたいよ」その言葉を聞いてから沙希の緊張が少し解れた。
葛西が正面玄関テラス越しに居た。そこには藍もいた。
「汐美ちゃん、ガンバだよ!!」藍が話し掛けた。
「藍ちゃんありがとう!」沙希は藍の笑顔が自分に乗り移った気がした。
「その笑顔!可愛いよ!」藍は空かさず言った。続けて葛西が言った。
「沙希、レッスンを思い出してごらん。汐美ファン1号として応援してるぞ!」
「はい、プロデューサー!」
「メイク室入ったらこれ飲めよ」葛西はそう言って沙希にスタバの袋を手渡した。沙希はメイク室でそれを開けてみると大好きなラテだった。そこには黄色い御守も入っていた。それは願い事を叶えるという御守だった。
 和気藹々としたスタジオフロアにはセットが組まれていた。ブラウン管で見るより案外小さなものなんだと沙希は感じた。汐美一行は一旦楽屋に入り待機した。出番寸前、楽屋にADが飛び込んできた。
「バンドマンの一人が急病になりまして変わりを手配してます。収録遅くなりますがいいでしょうか?」そのADが言った。
「葛西さん、最悪テープでいく手もありますよ」と、広子が言った。
「パートは?」葛西はАDに聞いた。
「ドラムです」ADは答えた。
「ヨシ!俺が叩く」葛西はそう言って直ぐ行きたいと伝えた。
「洋志さん…」沙希は小さな声でそう呟いた。
「練習してない俺の方が不安だよ」と言う葛西を、男らしいと沙希は思った。
 葛西はスティックを貰ってドラムセットの前に座った。目の前には招待客が座っていた。沙希も続いて立ち位置に立った。何故か緊張が来なかった。上の方から大きな声が聞こえた。
「“Truth love~未来の約束~”リハ1回、こあと宜しければ本番になりまーす」
正面の2カメに赤いランプが点く。毎日聞いているイントロが流れると沙希は汐美に変わっていった。一方で葛西は思った。『これは二人のデビューだったんだ』と。目の前で歌う沙希の姿が眩しかった…。リハが終わった。
「それではОKでしたら本チャン参りたいと思います」進行АDが言う。その事務的なフリに葛西は含み笑いをした。そして振り向く沙希が、まるで恋人洋志に対するかの様にVサインをした。個々がスタンバイ出来た様子だ。スタジオが静まっていった。
AD「VTR回りましたー。5秒前、4、3、2…」
その瞬間、汐美は新たなる大きな一歩を踏み出した。
                       (完)

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| 恋愛小説 | 21:56 | トラックバック:0コメント:0
ふたつの未来
台 本 (写真含めての表現)
 第一稿
―綾サイド心理

 わたしはまだ高校生。都会育ちだからあたり前のようにショップに行き、欲しいものを見ることができます。毎日のように人混みをくぐり、そして電車にも乗ります。田舎の子より恵まれてる?そう思ったのは趣味で知り合った子との世界観の違いからなのでありまして…メールを交わす度同い年のそのお友達が遠い存在に思えてくるのでした。まったく不思議です。

 好奇心の多い時期だから、お互いの遊ぼうって話で電話で会う約束をしたんだけど、ホントの仲良しになれるかなぁ?って不安もあり。まずは彼女のK子ちゃんが東京へ来る事になりまして、わたしは案内役をしなくてはなりません。本日、品川駅までお迎えに上がります。

「綾ですけど、もしかしてK子ちゃん!?」
「初めまして!東京は久々でドキドキしちゃいました」
すぐに溶け込めたわたし達、思った通り愛称のいい証拠かな?で、ファーストフードでしばらく喋ってから原宿でショッピング。お気に入りの店を案内&探索!小物しか買えないと言うK子だけど、彼女はそれが欲しかったらしく喜んでました。
 NHKホール前で記念ショット。公園通りを下り渋谷へ。彼女、人や車の多さ、映画館の大きさにも驚いてたし。疲れた様子のK子ちゃん、実はわたしも同じかも。アスファルトに座り込むのはわたしの悪い癖。お互い明日は学校だから早々さよならしなくてはなりません。

 
 次にわたしが彼女の町に遊びに行く番です。お年玉の貯金をはたいての小旅行。愛知の海沿いの町。一人で東京から出たことのないわたしにとっては遠い場所。在来線に乗り換え、降りたのは無人駅!? 遅いなぁK子ちゃん。(駅舎まえにて)

「ごめんなさい!」遅刻したK子ちゃんは言うのでした。
「それにしても気持ちのいい晴れだよね!空がこんなに広いし…」
 海までは一歩き。とても町とは言えない場所だけど、自然の香り豊かで、落ち着くよと都会育ちのわたしは言いました。(防波堤に仰向けになる二人)
「未来ってなんだろう?」空を見ながらK子ちゃんは突然言いました。
「未来…?――考えたことないよ、そんなこと」と無関心に言うわたしにもこの広い空を見ていると未知の心理に引き込まれます。わたしは真面目に考えてから言いました。
「この雲のように風に流されていくしかないのかなぁ」これって分からない、っていう答えですかねぇ!?
「上手いね綾ちゃん(笑)」とK子ちゃんが言うと、二人で笑ってしまいました。

 
 彼女はいつも笑顔で伸び伸びしていて、わたしの中にあるちっぽけな悩みなど彼女には無効なの?無邪気に海を眺めるK子ちゃんの横顔を見てそう思ったよ。

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